参考文献/資料集 1996(平成8)年

(公開:2006年1月23日 最終更新:2018年3月2日)
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3月

―あいちの生んだ小説家展―小酒井不木展

『年魚市』 第10号 愛知芸術文化センター愛知県図書館 3月15日発行

 平成7年11月24日から12月24日までの25日間、「あいちの生んだ小説家展」の第4弾として「小酒井不木展―探偵小説の黎明」を開催した。
 小酒井不木は1890年(明治23年)10月8日、愛知県海部郡蟹江町に生まれた。少年時代から頭脳明晰であり、医学者として将来を嘱望されながら、持病の結核のため東北帝国大学教授の職を辞することとなった。その後、名古屋に居を構え、探偵小説に筆を染め、探偵小説の大衆化を図ると同時に探偵小説文壇の指導者としての役割を果たした作家である。
 今回の展示では、作品、蔵書、遺品、写真パネル等を7つの区分に分け、不木の生涯を回顧することとした。

小酒井不木略年譜

『年魚市』 第10号 愛知芸術文化センター愛知県図書館 3月15日発行

☆この年譜については『叢書新青年 小酒井不木』博文館(平成6年刊)を参考にしました。

展示品一覧

『年魚市』 第10号 愛知芸術文化センター愛知県図書館 3月15日発行

遺品
・不木印(小酒井不木作)
・筆記具
・不木日記(複写)
・愛用万年筆
・硯
・作品草案
・耽綺社封筒
・ペーパーナイフ
・古書台帳
・三高時代の論文
・自宅設計図
・不木直筆書「至誠無息」
・不木直筆書「子不語」
・掛け軸(不木書 木村晴三画)「菖蒲太刀 勝負勝負と 洒落た児よ」
・掛け軸(不木書 木村晴三画)「おもむろに 鳥かくるるや 春の雲」
・掛け軸(不木書)「秋雨や 不犯の僧の 水汲める」
・長谷川瀏宛書簡
・不木直筆戯画帳
・江戸川乱歩宛書簡集
・原稿(『竜門党異聞』について)
・原稿(『怪談奇談』)
・浜尾四郎から不木宛の書簡
・石田元季から不木宛の書簡 その他

雑誌
「新青年」「東海の女性」「キング」「医文学」「女性」「改造」「太陽」「サンデー毎日」「子供の科学」「洪水以後」※「科学と文明」※「第三帝国」※

蔵書
Doyle, A. Conan 『The return of Sherlock Holmes』
Duse, S. A 『Leocarring Doppelganger』
Chesterton, G. K 『The man who knew too much and other stories』
Ellis, Havelock 『The criminal. 5. ed』
Raenec, R. T. H 『A treaties on the diseases of the chest, and on mediate auscultation』 その他

図書
『生命神秘論』 大正4年 洛陽堂刊
『学者気質』 大正10年 洛陽堂刊
『殺人論』 大正13年 京文社刊
『科学探偵』 大正13年 春陽堂刊※
『三面座談』 大正14年 京文社刊
『趣味の探偵談』 大正14年 黎明社刊
『死の接吻』 大正15年 聚英閣刊
『闘病術』 大正15年 春陽堂刊
『恋愛曲線』 大正15年 春陽堂刊
『犯罪文学研究』 大正15年 春陽堂刊※
『慢性病治療術』 昭和2年 人文書院
『疑問の黒枠』 昭和2年 波屋書店
『闘病問答』 昭和2年 春陽堂刊
『メンデルの遺伝原理』 昭和3年 春秋社刊※
『医談女談』 昭和3年 人文書院
『小酒井不木傑作撰集』 昭和4年 博文館
『小酒井不木全集17巻』 昭和5年 改造社刊※
『紅色ダイヤ』 昭和21年 平凡社刊 その他
※については本館所蔵

 今回の展示にあたり、下記の方々から資料提供のご協力をいただきました。
江口雄輔氏、木下信三氏、小酒井美智子氏、高木一郎氏、武田茂敬氏、長山靖生氏、平井隆太郎氏、湯浅篤志氏、渡辺晋氏、愛知医科大学医学情報センター(図書館)、愛知県立大学附属図書館、愛知大学豊橋図書館、蟹江町歴史民俗資料館、『新青年』研究会、名古屋市鶴舞中央図書館、名古屋市蓬左文庫(五十音順)

小酒井不木の児童文学 ―〈少年科学探偵〉シリーズを中心に― / 上田信道

『国際児童文学館紀要 第11号』 大阪国際児童文学館 3月31日発行
 → 「小酒井不木の児童文学」

4月

探偵小説草分け的存在「ねんげ句会」生みの親 小酒井不木の句碑完成 同人、感慨ひとしお

『中日新聞』市民版 4月7日(18面)

 不木が句会を作ったのは昭和の初め。会の名前を「拈華微笑(ねんげみしょう)」(以心伝心の意)という仏教の言葉から命名。文筆の助手らと自宅で俳句を楽しんだ。

 碑の建立の話が持ち上がったのは七年ほど前。不木邸を管理していた長男で東京在住の医師、望さんが亡くなり、都合で土地を売ることに。望さんの妻美智子さんが「何とか不木の名を残したい」と考え、同人の希望もあって碑が作られることになった。新しい地主との話もまとまり、このほど完成した。

5月

伝奇作家になりたくなかった伝奇作家・國枝史郎

『「新青年」をめぐる作家たち』 山下武 筑摩書房 5月25日発行

 土師清二によれば、「國枝史郎は一種の壮気をもっていた人」であったという。たしかに国士気取りの一面があったことは事実だ。しかし、強気と弱気が同居するかたちで彼自身もそのバランスを取るのに苦しんだらしい。土師清二も、「僕はバセドーがあるので、意志と感情の平衡がとれない人間です」と語った國枝史郎の言葉を引き、その事実を肯定している。「甚だ慇懃で謙虚であるかと思うと、暴君的になり、君臨したがるところがあった」(土師)彼の扱いには、一騎当千の耽綺社の面々もしばしば手を焼いたものだった。小酒井不木の音頭取りで、江戸川乱歩、長谷川伸、土師清二ら大衆文壇の雄が合作団体として顔を揃えた耽綺社が短命に終ったのも、その辺に一因があったのでは……。

小説に書かれた江戸川乱歩

『「新青年」をめぐる作家たち』 山下武 筑摩書房 5月25日発行

(前略)
 そこへいくと、乱歩と小酒井不木の交情を描いた中島河太郎の伝記小説は、平板なかわり安心して読める。処女作の価値を誰よりも早く認め推挽もしてくれた不木に、乱歩は終生感謝の気持を失わなかった。その不木の訃報に接した彼が名古屋へ駆けつけ、故人の研究室のデスクで静かに往事を回想する場面から小説は始まる。
(中略)
 そのころには、いつしか窓の外には白々と薄明の霧が流れ朧々と明け放たれた四月三日の朝を迎えていたが、博士の業績や温い人柄を偲ぶうち乱歩は、「探偵小説の面白さを広く世間に知らせる通俗味のあるものに着手しよう、そうだ、それが或いは博士の遺志を活かすことになるかもしれぬ」と、天啓を得たところで、中島河太郎の小説は終っている。
 だが、それでは綺麗事にすぎないだろうか? 行き詰まった乱歩が退路を通俗小説に求めたというのが真相だからだ。事実は決して中島河太郎の言うようなものではなかったのである。「乱歩還暦記念特集号」というような性格の雑誌に書いた文章であってみれば、食い足りないのもある程度しかたないが、これでは“探偵小説評論家”の肩書が泣こうというものだ。(後略)

10月

 

『江戸川乱歩 日本探偵小説事典』 山前譲・新保博久編 河出書房新社 10月25日発行

12月

 

『日本推理小説史 第三巻』 中島河太郎 東京創元社 12月20日発行