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女青鬚

 日本の「天一坊」、(※1)西洋の青鬚」、どちらもそれゞゝ (※2)その土地の人口に膾炙して居るので、女天一坊、女青鬚と言つてもすぐその意味が理解される。女に「坊」の字がついたり「鬚」の字がつくのはをかしいけれど、複雑な犯罪の内容を簡単明瞭に言ひあらはすに、これ程便利な言葉はないから、女の人から見れば、或は不平かもしれぬが、まあ、我慢して貰ふことにしやう。
 で、申すまでもなく、女青鬚とは、男と結婚しては殺し(、)(※3)又結婚しては殺す女をいふのであつて、まさか、そんな恐ろしい女が、此世の中に?…………やつぱり、あるのである。日本の俗諺に「いり豆と何やら(まの字のつくもの)は手をつけるとやめられぬ」といふ言葉があるが、人殺しといふことも、やりかけると面白くてゝゝゝゝ(※4)とてもやめられぬものと見えて、女青鬚も徹底したのになると、可なり沢山の男を殺すものである。これから私はその最も徹底した女青鬚を一人紹介しようと思ふ。
 青鬚といふと、遠い昔を聯想する人があるかもしれぬけれど、これから紹介するのは Mrs. Belle Gunness といふ二十世紀のアメリカ女である。
 話はこの女の死んだ時から始まる。といふのは、幸か不幸か、彼女が女青鬚であるといふことが、死んでからはじめてわかつたからである。彼女は頗る美人で、インデイアナ州に相当な地面を持つて、つゝましやか(※5)に生活して居たが、一九〇八年四月のある夜(、)(※6)火事のために家を焼かれ、三人の子供と共に焼死したので(、)(※7)田舎の人々は大に同情して、泣いてその葬式に列なつた。
 ところが、土地の警察では失火の原因を怪しとにらみ、厳密な捜索の結果、同家に雇はれて居たランフイーアといふ男を逮捕し、ぐんゝゝ(※8)問ひつめたところ、案の如く、彼は彼女とその三子の熟睡中を斧で殺し、次で放火したことを白状したのである。
 「だつて、あの人を殺さなきや、あの人に殺されるにきまつてまさあ。」と彼は言つた。
 「何故だい?」と警官がたづねた。
 「知つてることがありますからさ。」
 「何を?」
 「………あの人は恐ろしい鬼でしたよ。人間をまるで、兎を殺すやうに殺しましたよ。」
 「どうやつて?」
 「うちへ呼び入れて、クロロフオルムをかゞせ、斧でがんと一打ちにね…………」
 「死骸は?」
 「屋敷へ埋めましたよ。」
 「よし、貴様の言ふことが本当かどうか、これから見に行かう。」
 それから…………それから七日間といふもの、掘り出したワ、掘り出したワ。………又、焼残つた地下室は、安達ヶ原の伝説そのまゝ。何しろ一百人以上手にかけたといふのだから凄まじい。これ等の人々は、
 PERSONAL――Comely widow, who owns large firm in one of the finest districts of La Porte County, Indiana, desires to make the acquaintance of a gentleman unusually well provided, with a view to joining fortunes. No replies by letter will be considered unless the sender is willing to follow an answer with a personal visit.
といふ新聞広告がまさか身の破滅のいとぐちであらうとは夢にも思はなかつたであらう(。)(※9)一二度文通をして後、訪ねると、
 「まあ、よく来て下さいましたわねえ。さあ、兎にも角にも、こちらへ…………」
  (※10)接吻。特別室。クロヽフオルム。斧。男一疋たちどころに片附いてしまつたといふことである。二十年の懲役に処せられた前記のランフイーアが、肺病にかゝつて死に際に白状したところによると、彼女は五年間「屠人業」を営み、平均一ヶ月三人の男を殺したといふことである。無論動機は金のため。私は左に彼女がその犠牲者の一人に与へた手紙を示さう。実にうまい文句だ。但し、その「二伸」に御目をとめられたし。
 To the dearest friend in all the world,
 I know you have now only to come to me and be my own. The king will be no happier than you when you get here. As for the queen, her joy will be small when compared with mine. You will love my firm, sweetheart. In all La Porte County there's none will compare with it. It is on a nice green slope, near two lakes. When I hear your name mentioned, my heart beats in wild rapture for you. My Andrew. I love you!
P.S. Be sure and bring the three hundred dollars you are going to invest in the firm with you, and, for safety's sake, sew them up in your clothes, dearest.

(※1)括弧位置原文ママ。
(※2)原文の踊り字は「ぐ」。
(※3)原文句読点なし。
(※4)原文の踊り字は「く」。
(※5)原文圏点。
(※6)(※7)原文句読点なし。
(※8)原文の踊り字は「く」。
(※9)原文句読点なし。
(※10)原文一文字空白。

底本:『探偵趣味』大正14年9月号

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1925(大正14)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(公開:2017年11月17日 最終更新:2017年11月17日)