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最も気に適つた土地

不木

 私には、とりたてゝいふほど気に入つた土地がないのである。中学の時分に伊勢参宮をして山田にとまり、宿に美しい女中が居たのですつかり気に入つてしまひ、翌年出かけると、もはやその女中は居なかつたので、がつかりした。十年ほど前病気のために片瀬で養生して居たが、片瀬といふ土地は私が今まで歩いたうちで一ばん私の気に入つて居る。美人は無論居なかつたが、気が落つくので好きであつた。
 小さい時分から身体が丈夫でなかつたので、旅の気分は好きであつたけれども、あまり諸所方々へ出かけることをせず、従つて印象に深く残つて居るところは少いのである。恋人と伊豆山へ行つて千人風呂に浴してから、伊豆山はなつかしい所であつたが、それは恋人と一しよであるといふことが伊豆山をなつかしがらしめたゞけで、今はもう行つて見る気にもならない。
 一般に言ふと海辺の方が山よりも好きである。これはつまり、山を登るのが苦しいからである。山登りなんて、きいたゞけでもぞつとしたものである。大学の時、箱根へ修学旅行をしたときも、同志をくどいて湯本から芦の湖まで自動車に乗つた。みんながえんやゝゝゝ(※1)と登つてる真中(まんなか)をブーブー走らせたのは痛快だつた。
 海でも海水浴場などはきらひである。だから夏はあまり海へ行つたことがない。海も湘南以外のところはあまり知らない。それも鎌倉、逗子、片瀬、鵠沼の辺だけである。ある夏、三崎の臨海実験所へ四五日行つたことがあるが、寄宿舎の蒲団に黴が生へて居て閉口した。
 外国でも私の行つた範囲では、これといふ気に入つた土地がない。紐育に一ばん長く居たので、あんなにがやゝゝ(※2)やかましいところであるに拘はらず、一ばん好きである。生活が簡易だから気に入つたのであるかも知れない。ルーマニア生れの女に好かれたので気に入つたのかも知れない。ある友人は、
「貴様なんかは、ルーマニア人ぐらゐしか好いてくれない性質(たち)だよ。」
と罵つた。全く、私はニユーヨーカーには好かれなかつた。
 ロンドンは六月に着いて、よい所だと思つたが、十月頃から、霧が始まり、そのためか持病が再発して、嫌なところだと思つた。巴里で咯血したので巴里は今でも怖ろしいところに思つて居る。セーヌ河など、何の感興も起さなかつた。
 要するに、健康で飛びまはることの出来た土地が一番気に入つた土地だといふことになるのである。

(※1)(※2)原文の踊り字は「く」。

底本:『大衆文芸』大正15年7月号

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1926(大正15)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(公開:2017年6月23日 最終更新:2017年6月23日)