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大下水谷両君
(耽綺社同人諸氏の新進作家集観 ―國枝、小酒井、江戸川、甲賀―)

小酒井不木

 大下宇陀児氏は、日本創作探偵小説界に於て名文家の一人として定評がある。ふつくらとして、噛みしめるとますゝゝ味が出て来るといつた文章で、読者を最後まで引つ張つて行つて倦かせない。たとひトリツクがすぐれて居ても、少し長い作になると、文章がよくなければ、読者を引つ張ることが出来ぬものだ、氏はこの点に於て恵まれた作家といはねばならぬ。従つて氏の才能は長篇探偵小説を書くに適して居ると思ふ。長篇探偵小説が渇望せられて居る昨今、氏の前途は洋々たるものである。
「闇の中の顔」は氏が最初に発表した長篇であるが、伏線の敷き方といひ、筋の運び方といひ、まことに申しぶんのない出来栄である(。)(※1)普通の小説とちがひ、探偵小説では、作者は一般読者の気のつきにくいところに多大の苦心を費すものである。どうか熟読の上、作者の苦心した点を発見して玩味してほしいものである。
 水谷準氏はこれまで短篇しか発表して居ない。而もその短篇は、紙数の少ないものが多い。本集に収められて居るのは氏の代表作であるが、どれもこれもピカリと光つて居る。氏は創作探偵小説界に於て、その神経の尖鋭なる点で他に比類を見ないほどすぐれて居る(。)(※2)一般に神経が繊細で感覚の鋭敏な人は、キチンとした文章をキチンとした文字で発表しなければ承知が出来ぬらしいが、わが水谷氏はまさにそのとほりである。だから氏はたとひ機会があつても長篇小説には、筆を染めぬであらうと思ふ。さうして短編小説にしても、みがきのかゝつたものしか発表しないと思ふ。読者は本集に収められた氏の作品を通じて、代表的短篇探偵小説家の俤を見られるであらう。

(※1)(※2)原文句読点なし。

底本:『大衆文学月報』 第19号 平凡社 昭和3年11月1日発行

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1928(昭和3)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(公開:2005年3月26日 / 最終更新:2014年10月1日)