たうとう柄にない長篇小説を試みることになりました。どんな風に物語が発展して行くのか作者自身にもわかりません。漱石先生の言葉ではないが、まつたく運次第だと思ひます。実をいふと作者には、これといふ抱負も自信もなく、たゞ書いて見たくなつたから書くのに過ぎません。
探偵小説には色々の型があります。さうして、おのゝゝ(※1)の作家は、何とかしてその型を破らうと苦心しつゝ、いつの間にか自分自身の型を築いて居ります。「疑問の黒枠」も恐らく、所謂「研究室興味」を脱することは出来ないだらうと思ひますが、作者は、いつそこの際思ふ存分にその臭味(しうみ)を発揮しようかとも考へて居ります。臭味(くさみ)も度を越えれば、一種の魅力となるかも知れませんから。
御愛読あらんことを、偏に願ひ上げます。
(※1)原文の踊り字は「く」。
底本:『新青年』大正15年12月号
【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1926(大正15)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」
(公開:2017年3月8日 最終更新:2017年3月8日)