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「五階の窓」執筆に就いて 「五階の窓」雑感

小酒井不木

 筋に就ても人物の性格についても、何の打合せなく探偵小説の合作をやることは、可なりに冒険的な仕事であると思ひ、果してうまく結末をつけることが出来るかをあやぶんで居たが(、)(※1)「五階の窓」の結末をつけることはさほど困難ではなかつた。それは第四回の作者が、著しくラクにしてくれたからである。尤も、最終回として、私のものは少し長過ぎた感がある。それだけ不成功であつたことはやむを得ないが、実をいふと、はじめの計画では、まだ二三十枚書く予定であつたのである。即ち、会計係の野田に虚偽の自白(犯人であるといふ)をさせ、署長がその解決に迷つて居ると、其処へ、法医学者があらはれて、解決をするといふ段取りだつたのであるが残念ながら削らざるを得なかつた。
 さて、筋をはこぶに一番困つたことは、社長室のすぐ下即ち四階の室(ま)取りがはつきりしなかつたことである。第一回の作者は社長室のすぐ下の室(へや)は石垣といふ建築師の事務所であるといひ、第二回の作者は、四階に二十七号といふ空間(あきま)があるといつたが、第三回の作者が、四階の窓のない空間(あきま)の隣りが二十七号室で、社長の室(しつ)のすぐ下にあたつて居ると書いたので、どう解決してよいか判断に迷つてしまつた。で、私は仕方がないから、二十七号室が窓のない空間(あきま)で、その隣りが社長室のすぐ下にあたる石垣建築事務所であると断定し、冬木刑事が思ひちがひをして居たことにせざるを得なかつた。
 第四回の作者が艶子と西村とに一種の関係をつけ、第五回の作者が艶子とお蝶をもつと活躍させたいと思つたけれども、ほかに書かねばならぬことが沢山あつたために、たうとう、お蝶は幽霊のやうに、ぽつかりあらわれてぽつかり消えてしまひ、甚だ残念に思つた。
 又、将校マントの男は始めから曲者であつて、これを巧みに活躍させたら、面白からうと思つたが、第三回と第四回には活躍しなかつたので、第五回の作者が、舟木と同一人物にしたのはやむを得ぬことだと思つた。これによつて私は非常に書きよくなつたけれど、舟木といふ人物は、貼紙をして残して行くやうな性格ではなささうなので、私は、舟木が、西村に談判に行くときにも、亡き父の姿になつて行つたと書いて見たのである。
 それから、私が一番困つたことは、すつかり書き上げ(※2)しまつたあとで、即ち、法医学者が石垣事務所の床の上の足跡を検査し、舟木も靴をはいて居たことにして居たところ、念のため、第一回から読み直すと、将校マントの男が「草履の音をペタヽヽ(※3)させて」逃げたとあつたのには、ぎくりと驚いた。然し、それが禍(わざわひ)の幸ひとなつて舟木に二十七号室に落ちて居た草履と穿きかへさせることにして、時間の点をはつきりさせることが出来たのである。

(※1)原文句読点なし。
(※2)原文ママ。
(※3)原文の踊り字は「く」。

底本:『新青年』大正15年11月号

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1926(大正15)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(最終更新:2017年3月24日)