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私の好きな作家と作品(二) ポオとルヴェル

 私の一番好きな探偵小説は、短篇ではやはりポウとルヴェルである。ポオの作品のうち、探偵ヂュパンの出て来る三つの物語は勿論であるが、その外に、
 The Black Cat.
 The Cask of Amontillado.
 The Fall of the House of Usher.
 The Gold-Bug.
 Hop-Frog.
 Mesmeric Revelation.
 The Oblong Box.
 The Masque of Red Death.
 The Premature Burial.
 System of Dr.Tarr and Professor Fether.
 The Tell-Tale Heart.
 “Thou art the man.”
など、いつ読んでも、読むたんびに新しい感興が湧く。
System of Dr.Tarr and Professor Fether. の最後の部分の狂者(きちがひ)たちの行動の描写に至つては、面白いといふよりも自然と頭がさがるのを覚える。いづれ私は「犯罪文学研究」の中に、私のポオ論を書くつもりであるが、私はいつもポオより後(のち)の時代に生れたことを喜んで居るのである。
 ルヴェルの作品では、今一々数へあげるの煩を避けるが、一つとしてうれしくないものはない。私はルヴエルの書くやうな小説を自分でも書いて見たいといふ年来の希望であるが、彼の作品を読むと、自分自身の筆があまりに見すぼらしくなつて、穴へでもはひり度くなるくらゐである。
 次に短篇ではチエスタトンが好きである。最もチエスタトンの英語は、どういふものかポオの英語のやうに、私に迫つて来ない。これは勿論私の英語の力が足らぬ為でもあらうから「不足」はいへぬが、兎に角、師父ブラウンの出て来る短篇と The Man who knew too much. に収められた作品は、何ともいへぬ、いゝ味がある。
 次には、ダヴイソン・ポーストやビーストンの作品が、私にとつて頗るうれしいものである。ビーストンの作品を読むときは、一たいこんどは作者がどういふ「オチ」をつけるだらうかと少なからぬ好奇心にかられる。そしていつも終りに至つて一ぱい喰はされる。だまされて喜ぶなんて、探偵小説の愛読者なんかになるものではないなどと考へながらも、やはり引きつけられてしまふ。
 英国に居る時分、私はドイルとフリーマンの作品に気狂ひになつて居たが、近頃はあまり読まない。然し、嫌ひになつた訳ではなくて、みんな内容を知つて居るからである。(ポオやルヴェルは内容を知つて居つても読まずに居られない。)シヤーロツク・ホームズの冒険、記念、帰国の三集に収められた物語のプロツトにはいつも感心する。この三集だけは、当分のうちは探偵小説界にその燦然たる光を失はないであらう。
 私は軽いユーモアに充ちた作品よりも、いはゞ凄みを帯んだユーモアを持つた作品が好きである。だからポオの The Tell-Tale Heart の如きものが、喰ひつきたいほど好きである。之に反してルブランやマツカレーあたりのユーモアは、面白いとは思つても、それに耽溺するほどにはなれない。それにも拘はらずオルチーのユーモアはたまらなくいゝ。然し、何故(なにゆゑ)かといつてきかれたとて答へられる訳のものではない。
 アメリカに居る時分、毎晩 Detective Story Magazine を読んで、決して読み残しはしなかつたものだが、近頃はこの雑誌と英国の Detective Magazine とを取つて居ながら、一月に三篇か四篇ぐらゐづつしか拾ひ読みが出来なくなつてしまつた。ことに近ごろ、下手の横好きで創作を始めたら、尚更読む暇がないのに困つてしまつた。だから、新らしい作家に関しては自分の知識は甚だ乏しいのである。
 長篇では、何といつてもオルチーのスカーレツト・ピンパーネル叢書が一ばん好きである。然し、オルチー夫人の筆は少し長すぎはしないかと思つて居る。もう少しきりつめればきりつめられぬことはなささうに思ふが、あゝいふのが英国人に向くのかも知れない。同じく長過ぎるとは思つても、コリンスの作品はそんなに気にならずに読んで行ける。「白衣(びやくい)の女」など、長いところに面白味があるやうに思はれる。
 ドウーゼも可なり好きであつて、彼の長篇六つは非常な興味を持つて読み、六篇とも追々翻訳して公にするつもりであるが、何度も何度も繰返して読む程の熱はない。一般に探偵小説の長篇で、何度読んでも飽かないといふやうなのは滅多にないもので、やはり探偵小説は、短篇に生命(せいめい)があるやうに思はれる。
 ドイツや北欧の探偵小説も相当に読んだけれども、ドウーゼを除いては、これといふいゝものにはぶつからない。尤も私の読んで居ない作家にすぐれた作品があるかも知れぬが、探偵小説はやはり英米仏にとゞめを刺すやうである。
 何だか、表題にふさはしくないやうなことを書いてしまつたが、要するに私の一番好きなのはポオとルヴェルである。

底本:『新青年』大正14年8月増刊号

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1925(大正14)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(リニューアル公開:2017年10月6日 最終更新:2017年10月6日)