一つのものを見ましても、甲の人がそれについて感じたところと、乙の人が感じたところとは、決して同じではありません。ですから、私たちは、ほかの人が如何に物を見、かつ如何にそれについて感じて居るかを知りたく思ふと同時に、またそれを知らねばならぬのであります。さうして、私たちは、他人の物の見かたをまなび、その感じをきいて、自分のあやまつて居るところを正し、なほ、自分の経験をふかめて行くことが出来るのであります。
この意味に於て、他人の文を読むことは極めて必要なことであります。何となれば、その人の文には、その人の物の見かたと感じかたがそのまゝにあらはれるからであります。ですから、「文は人なり」といふ言葉があるくらゐであります。ことに、その「文」が巧みであればあるほど、その「人」が一層あざやかにあらはれるのであります。
今回「学びの友」の発刊されたのは、この点から見ても、非常に喜ぶべきことであります。学友のすぐれた文のみが集められてあるのですから、これを読むことによつて、お互ひの心もちをよく知りあふことが出来るばかりでなく、お互のひ(※1)の知らない事を教へあひお互の心の足らぬところを補つて、お互ひの心をみがくことが出来るのであります。
すぐれた文を書くことはなかゝゝ(※2)むつかしいことであります。何十年練習しても、もうこれでよいといふ立派な文を書くことはできぬものであります。どうか皆さんは、他人の文を繰かへしゝゝゝ(※3)読んで、心を練り、もつと立派な文を書くやうになつていたゞきたいと思ひます。
(※1)原文ママ。
(※2)(※3)原文の踊り字は「く」。
底本:『学びの友』昭和2年7月23日発行
【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1927(昭和2)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(随筆の部)」
(公開:2012年12月21日 最終更新:2012年12月31日)