私の書く探偵小説は、まつたく素人の余技に過ぎないのでありまして、今後如何に努力しても到底やはり素人の余技たるを免れぬと思ひますから、私の観た純文壇は、所謂大衆作家の観たそれではなくて、素人の観たそれに他なりません。その素人の眼に映じた純文壇は、一口にいふならば、何だか「かたくるしい」感じがするやうに思はれます。月々各雑誌に発表される純文芸作家の作品を読んで、「なるほどうまく書いてあるな」と感心はするものの、たゞそれだけだといふ感じが附き纏ひ易いのであります。多分それは心境小説が多くて本格小説が少なく、又短篇小説が多くして、どつしりした長篇小説の少ないためでありませうが、もう少し所謂「通俗味」を出すことに心懸けてもらはぬと、私などは、てんで読む気になれないのであります。御恥かしい話ですが、最近方々から、過去一ヶ年に於て最も感銘の深かつた純文芸作品は何かといつてたづねられても、実はあまり読んで居ないので、いつもその返答に窮するのであります。これはもとより不勉強のせゐではありますけれど、たまゝゝ(※1)批評家たちが口を揃へて激賞する作品を読んでも、それほどの感銘を受けないため、ついゝゝ(※2)読むことを怠る次第でめ(※3)ります。怠けることは決して自慢になりませんけれど(、)(※4)私を飛びつかせるほどの魅力ある作品の少ないこともその責をわかつべきであらうと思ひます。
それから、同一作家の作品は、どれも皆同じだといふ感じがします。一作毎に趣が変つて居て、兎にも角にも読者を喜ばせるといふやうなことがあまり無いやうに思はれます。中には同じ題目ばかりを取り扱つて、もういゝ加減に止してくれてはどうかと、鼻につくやうな場合もあります。作家自身にとつては頗る面白いかも知れませんが(、)(※5)読む方にはむしろ迷惑であります。いづれにしても、私が純文芸作家にのぞむことは、もつと面白い作品を発表してほしいことであります。私自身を標準として物を言ふのは僭越ですけれど、今の純文芸作家の作品は、比較的少数の読者をしか持つて居ないではないかと思ひます。
純文芸作家とは反対に、大衆作家はつねに面白いものを書くことに心がけて居るやうであります。面白いものを書かうゝゝゝ(※6)と努力することは却つて面白くない作品を作り上げる危険はありますけれど、とに角誰が読んでも面白いやうな作品の製産に努力して居ります。換言すれば、大衆文芸作家のねらふところのものは筋の面白さであります。尤も大衆文芸作家の中には、私のこの言葉に同意しない人があるかも知れませんが、多くの人に面白がられるものは、何といつても、筋の面白さであります。
けれども、各大衆文芸作家の作品といへども、同一作家のものは同一の型にはまり易く、どうやらそろゝゝ(※7)行詰りの観がないではありません。天才にあらざる限り、これはやむを得ない現象でして、ある程度まで達すると、あとはいはゞ惰性で書くのが、あらゆる文芸家の通弊であります。
このことを考へた結果、最近私たちは大衆文芸作品の合作といふことをはじめました。土師清二、長為(※8)川伸、國枝史郎、江戸川亂歩の諸民(※9)と私とを合せて都合五人、「耽綺社」なるものを組織して、各自の頭と各自の筆とを合せて、文存(※10)通りの合作を試みることにしました。一人で考へるよりも五人で考へた方がたしかに面白い筋を生むことが出来ると思つたからです。はじめは果してうまく行くかどうか、危ぶみましたけれど、いざ行つて見ると、案外容易に、而も予期以上に面白いものの出来る確信を得ました。で、今後どしゞゝ(※11)合作を発表して行くつもりですが、これによつてある程度まで、行き詰りを打開し得るものと確信し得たと同時に、純文芸に携はる人たちには、その作品の性質上私たちのやうな、文字通りの合作は一寸実行困難であらうと思ひました。
どの方面にもさうですけれど、今の日本には天才が乏しいやうに思はれます。ことに私は文芸方面に於ける天才の出現を希ふのでありますが、よく考へて見ればこれは覚束ない希望であるかも知れません。ですから、大衆文壇の方面に於て、せめて数人の力を合せたならばと考へて、合作を企てる至(※12)つたのでありますが、果してものになるかどうかは今のところ、まだ何とも言へません。たゞ大方の読者諸氏に何分の御声援を願ふ次第であります。
(※1)(※2)原文の踊り字は「く」。
(※3)原文ママ。
(※4)(※5)原文句読点なし。
(※6)(※7)原文の踊り字は「く」。
(※8)(※9)(※10)原文ママ。
(※11)原文の踊り字は「ぐ」。
(※12)原文ママ。
底本:『文芸公論』昭和3年1月号
【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1928(昭和3)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」
(リニューアル公開:2017年4月14日 最終更新:2017年4月14日)