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あら浪 第三十一回 枯れ残る花

不木生

 篤司は雪子の性質を見抜いて居た。自分一人の胸の中で、くよゝゝ(※1)と心配して居る事も察して居た。
 雪子は篤司に、自分の煩悶が告げたかつた、心の鬱憂を晴らす方法も聞きたかつたのである、けれど語らむとして語り得ない事をも篤司はちやん(※2)と知つて居た。彼は更に言(ことば)を続けた。
「御前も知つての通り、勝清は私に取つての大恩人だ、私を危急から救つて呉れた大切な人だ、勝清に向つて私が意見するのは当然だ、当然ではあるが、そこが人情だ、雪さん悪く取つては呉れるな、如何にも私が黙つて見て居るのが辛い、媒介人(なかうど)の私が泣寝入りをするのは誠に消えたい程だ」
 三千円を借り受けて、身の破滅から逃れた篤司に取りては、勝清は神よりも仏よりも尊い。叔父として甥に譴責を加へるのは少しの不思議もない、けれど金銭(かね)の問題だ! 人生を左右するものは、この金銭(かね)である事は昔からも争はれない法度である。男一人としての篤司の苦思(くるしみ)も、また察するに余る。
「雪さん、済まぬ、今からでも行つて、勝清の心を原(もと)の通りに翻らせたいが、否々(いやいや)(でき)る事なら疾くに為て居つた。けれど今の様な場合、痒い所へ手が届かぬ様だが、無理にも耐(こら)へて、強ひて黙つて居なければならぬ、けれど機を見て私は言ふ、屹度忠告する!」
 雪子は此時漸く顔を挙げた。
「御尤で御座います、こんな辛い思をしますのも皆な私が行き届かぬからでございます。」
「いや、そうでない。今の男といふは、隠れた情愛には眼の附きにくいものだ(。)(※3)何に凡て、勝清が仕出来した罪だ。ところが雪さん、男は案外に情に脆いものだ、御前が直接、彼(あれ)の目の前で、陳べ立てたら、屹度感ぜぬ事はない。私は彼(あれ)の気質もよく知つて居る。必ず御前の目の前で悔悟するだらう。雪さんは今迄一度も勝清に対つて言つた事はないだらう。彼(あれ)は誠に弱い男だ。物に動き易い男だ。なる程御前の性質としては六ヶ敷い事でもあらうが、女房の意見は随分腹に(※4)へる。私として如何にもこんな余所々々しい事は言へた事ではない、けれどよく噛み砕いてくれ!」かういつた時、篤司の顔にも苦悶の色は見えた。
「御親切に有難う御座います、今迄私が控えて居りましたのが粗忽で御座いました。夫の不身持は皆、妻の責任で御座います」といつたが、押し寄する愁情は沸くが如く乱れて、涙は一時に迸るのである。
「御前の御父様(おとうさん)や御母(おかあ)さんは亡くなつては居られても、草葉の蔭から祈つて居らるゝだらう、ね、あまり心配して身体を壊すといかぬ。腹の子にも毒だ。其内には眉を開く時節も来る。身の養生が第一だ。御母様(おかあさん)も心配して御座るから、よく介抱して上げて下さいな。」
 日は余程降つて、鳥の囀るのが忙はしく聞える。
「今日は私も用事があるのだから御無礼をする。今言つた様な義理ぢやから私の心中も察して下さいな、好い処で御目に懸つた(、)(※5)呉れゞゝ(※6)も心配しないでね」
 二人は別れた。墓地は眠つた様に間然(しん)として居る。所々に参拝の人が絶えぬ。空は青みを一入(ひとしほ)増した様である。
 雪子は尚一度、跪いて拝礼した。其瞬間には無限の思が繰返されて居たであらう。軈て雪子の姿も彼方(あちら)に消えてしまつた。
 突然、物の蔭より一個の僧が現れた。墨の法衣(ころも)に白く包んだ脛、枯芝の様な鬚。
 旅僧は、雪子の居た同じ場所に来て、そして恭しく石碑の前に額附いた。暫時(しばし)は稽首の儘動かなかつた。顔を挙げては又俯し再び挙げて更に俯す事を繰返した。
 今偶然来たのではない。或は以前(まへ)から物蔭に潜んで居たのかもしれぬ。やがて雪子の去つた方に眼を据えた。頬骨は突出て、草鞋の色にも、奥床しい所があつた。
 風はサラゝゝ(※7)と石碑の前に枯れ残る花を揺るのであつた。

(※1)原文の踊り字は「く」。
(※2)原文圏点。
(※3)原文句読点なし。
(※4)原文ママ。
(※5)原文句読点なし。
(※6)原文の踊り字は「ぐ」。
(※7)原文の踊り字は「く」。

底本:『京都日出新聞』明治44年4月3日(第4面)

【書誌データ】 → 「小酒井不木小説作品明細 1911(明治44)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(小説の部)」

(最終更新:2007年2月26日)