インデックスに戻る

あら浪 第十回 物の哀れ

不木生

 勝清は其夜遅くまで眠られなかつた(。)(※1)
 彼は女なるものに切に哀(あはれ)を感じたのは生れてから今日が始めてゞある。而もそれが魔法にかゝつた様に、心に鐫(ゑ)り附けられた様に痛刻なるは、恐らく半生を通じて夢に(※2)も邂逅せなかつたのである。女はかく迄に小さく、細く、心を持つて居るかと思ふと彼は芳江を可憐(いぢ)らしく思ふに付け、凡ての女にも考へ及ぼしたのである。翻つて雪子に対してはどうであるか、雪子が心からの傅(かしづき)に向つて、何となく可愛き心は失せなかつたが、さまで同情を持たなかつた。実に雪子は苛刻なる逆遇に処して来た。芳江には少しも劣つて居ない(。)(※3)雪子の腸(はらわた)には、薄命な悲痛な経歴が、飽く迄沁み込むで居る。然れば雪子は如何程我身を便り、如何程我身に慰安を求めて居るかと思ふと、傍に寝て居る雪子が如何にも可愛くなつて来た。夫婦といふものは読んで字の如しといふ様な単純なものではなく、蛋白質の構造式よりも複雑(こみ)いつた、言語に絶したものである。得て得べからざる尊いものである。今迄は雪子に、子供が珍らしき玩具(おもちや)に対する様な態度を適用した。女がかく迄狭弱なる心を以て居るかと思ふと、自分の一挙一動は雪子の胸には釘よりも強く影響するであらうかと思ふと彼は雪子の安らかなる寝顔を眺めて、私(ひそ)かに幸福を祈らざるを得ない。
 けれども其は焦眉の急ではない、一刻も躊躇の出来ぬは今日の成行である(。)(※4)芳江の死を思ひ止まらせた上は、何とか方針を工夫してやらなければ、かゝり合せた義理が立たぬ。去り乍らかゝる斡旋をするは、自分の身によりて六ヶ敷過ぎる。始めから知らぬ振ですませて置けばよかつたに。今更振向いてしまへば、あの美しい女は空しく塩原の泡沫(あぶく)と消える。見す見す殺すのは、間接に自分が手を掛けて殺すも同じだ(、)(※5)惜しい、自分のものでなくても、見捨てる事は出来なくなつた。何処までも骨折る。
 けれど、何といふ始末にするか。自殺を思ひ止まらしたといふ第一の問題よりも、其後の処置といふ第二の問題が遙かに重きをなして居る。而して六ヶ敷い、難解である。彼女は東京へ来て如何(どん)な事でもするといつた。それが足の痛みによつて叶はぬといつた。彼女は何をする目的であつたらう。つまらぬ事をさせるは勿体ない。それは兎も角、足の病を治すのが第一着の策だ(。)(※6)そして其間に彼女自ら考へたらよいであらう、否(いや)待て、さうすれば死んでしまふ。良策は叔父の許へ勧めて帰す事だ。それが最も穏当だ。けれど今日の言種では死んだ方が増しだといつた。はて困つた!
 まあ、一月ばかり養生させたがよからう、其間に何とか解決はつくであらう。けれど其間に金銭(かね)がなくなると困るであらう。或はそんな事が死因となつて居るのではあるまいか。いやそうでもない。金銭(かね)の事は然し別問題だ(、)(※7)苦しくない解決だ。
「まあどうにかなるであらう」と彼は強いて心を落附け様とした。ところが今一つ新らしい煩悶が起つた。それは雪子に此事を打明すべきか、止すかの道選(ゑら)みである。然し打明けたとて雪子を騒がせる計りだ。それかといつて、黙つて置いては雪子に対してすまぬ訳だ(。)(※8)
 一方では芳江に対する任務、他の方では雪子に向つての義理、これを思つて彼は褥の上に、五尺の身体を横にし兼ねたのである。
「扨弱つた!」
 彼はあまりに声の大きなのに、自分ながら驚いた。恥ぢた、案じた、しまつたと思ふ途端、寝ていた雪子は目を覚した。
「貴方、何と遊ばしたの?」
「いや何、今つまらぬ夢を見たのよ!」

(※1)原文句読点なし。
(※2)原文ママ。
(※3)(※4)(※5)(※6)(※7)(※8)原文句読点なし。

底本:『京都日出新聞』明治44年3月13日(第4面)

【書誌データ】 → 「小酒井不木小説作品明細 1911(明治44)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(小説の部)」

(最終更新:2007年2月26日)