前東北大学医学部教授小酒井光次博士といふと如何にも老大家のやうだが探偵物では今売出し最中の本年丗六歳といふ油の乗り盛りである。◇一寸見ると法医学畑の人のやうに思はれるが、衛生学専攻である。その衛生学も御本人には大したきゝ目もなかつたか病魔の為めに教壇から身を引いて大正十一年郷里名古屋に引き籠もり、その年からかねて興味を持つてゐた犯罪並に探偵物に関する読物を「新青年」あたりに発表し初めた。最初のものは「毒及毒殺の研究」とか「殺人論」とか、根が科学者であるだけに原理論的なものが多かつた◇「新小説」紙上でのもの頃から科学を元にした探偵物語が書かれ、更らに最近になつて「女性」に発表された「呪はれた家」などを見ると全く氏自身の創作ものとなつて来てゐる。氏の興味は今、自己を科学的立場に置いて探偵物の創作をするといふところまで来てゐるやうだ。◇物語の中に純文芸畑の人でないだけにうるほいのないのは止むを得ないが、学者だけに科学知識を取り入れてゐる点では到底文壇人の及ぶところではない◇著書としては「科学より見たる犯罪と探偵」「科学探偵」「殺人論」「三面座談」「近代犯罪研究」等がある現住所名古屋市中区御器所町字北丸屋八二ノ四
底本:『読売新聞』1925(大正14)年5月6日
(公開:2025年2月10日 最終更新:2025年2月10日)