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陪審劇「パレツト・ナイフ」

陪審制度宣伝の為に、わが小酒井不木氏が三幕六場の劇を書下して去る八月二十六日より四日間、喜多村緑郎一座によつて、名古屋で公開された。連日満員続きで、大変な好成績であつたとか。左に簡単ながら、紙上御披露に及ぶ。

第一幕

料亭八勝館の庭園で、画家田中がモデルの秀子を描いてゐる。秀子は芸者家菊の家の女将お道の娘分である。

秀子。あなたは、姉さん(お道)に愛されてゐるんでせう?
田中。何をつまらない事を。僕は早くあなたと結婚しませう。もしお道さんが反対だつたら、一緒に逃げてもいゝ。万が一あなたが何処かへ嫁入りするやうな事があつたら、これであの人を殺して了ふ。これは普通のと違つて、南洋人の護身武器だつたのですからね。(と云つて、立木の幹にナイフを突きたてる。)

そこへ田中の友達が冷かしにやつて来たので、秀子逃げて行くと、友達はその跡を尾けて退場。女将お道登場して話す内、自分の恋をかなへてくれと、田中の手をとらうとしたが、田中は秀子の手前断然拒絶する。お道泣き出す処へ某会社々長奈良崎、社員和泉登場(。)(※1)お道あわてゝ笑顔となり、田中退場。奈良崎は秀子を、お気に入りの和泉へ金で嫁にしてやらうと、見合ひにやつて来たので、お道二人を連れて退場しようとする時、桃代といふ自分の家の芸者が酔払つて情夫と出て来たので叱る(。)(※2)

第二幕

菊の家の店座敷に、お道桃代が居る処へ和泉が三百円の結納金を持つて来る(。)(※3)和泉を送りがてら、お道ほか皆外出。その後へ田中がやつて来て、湯帰りの秀子と逢ひ駆落の相談がまとまる。田中は持つて来た絵とナイフを置いて帰る。
お道帰宅して、三百円の金包を絵の側に置いて寝る。皆の寝鎮まつた頃ほひ覆面の男がゴム手袋で雨戸から這入つて来て、金包を奪ふ。お道目を醒まして誰何すると、男パレツトナイフを取上げてお道の胸をぐさと貫く。

第三幕 法廷の場

被告田中、型の如き裁判。最後に裁判長が陪審員に向ひ、有罪と認めるか否かを訪ね、認める時は『然り』認めなければ『然らず』と云つて、この紙に書いて出してくれと云つて紙を渡すと、陪審員達別室に退いて後再び現れ答申を渡す。書記『然ラズ』と読み上げて、裁判長の宣告の前に幕。
法廷外では、以前料亭の庭で田中と秀子を冷かした(※4)達が、口々に田中の無罪を唱へてゐる内に、誰かふと芸者桃代の名を云ふ。それを聞いてゐた傍らの男が、一人でいきり出す。

男。俺は桃代の御客だぞ。あんまり呼び捨てにするない、殴るぞ! 田中が有罪に違ひないから、陪審法をためしに来たんだ。無罪だつたら、陪審官を叩つ殺してやる。(と左の手で腕まくり)
友達。やつ、泥棒だゝゝゝ(※5)。この男のはめてる指輪はお道のだ。これが真犯人だ。

警官が来て男を捕へ、桃代の告白で悪心を起した事を逐一白状させる。大歓呼の裡に幕。

(※1)(※2)(※3)原文句読点なし。
(※4)原文ママ。「友」の誤植か。
(※5)原文の踊り字は「く」。

底本:『探偵趣味』大正15年10月号

(公開:2009年2月2日 最終更新:2009年2月2日)