私は久しい前から愛知県知多郡新舞子に住んでゐる。松林と海水浴場とがある(。)(※1)私の家は、小さなバンガロー風の主屋とコツテーヂ風の書斎と二間と一間との温室――これだけである。庭は全部花壇になつてゐる。
私の家の真正面に故小酒井不木さんの別宅が立つてゐる。小酒井さんに進められて私は家を建てたのであつた。
小酒井さんの地所と私の地所とには境ひが無い。お互ひに然ういふことにしやうと相談づくでさうしたのである。
『オーイ國枝。』
『オーイ不木さん』
こんな調子に呼び合つて一緒に暮らさうとしたのである。
その小酒井さんは長逝された。一度もその別宅に住まれずに。
ニ軒の家の距離は三間ぐらゐしか離れてゐない。内緒話さへ聞える程である。
小酒井さんと一夏でも一緒に住んでゐたなら、私の感慨は更に悲哀を帯びることであらう。
小酒井さんのこの家は、女中部屋三畳に畳が這入つてゐるだけで、後は全部板の間になつてゐる。
或る夜、名古屋のダンスのグループを招待して、私は小酒井さんの家でダンス会をひらいたことがある。(勿論小酒井さんの許を受けて。)
臨時燈を沢山に点け、出来るだけのデコレーシヨンをし、ビクターのレコードで踊つた。
この一劃を碧翠園と云つて、文化住宅が六軒立つてゐる。しかしいづれも別荘であつて、私の家ばかりが住宅であり、年中住んでゐる。
夜など森閑としてゐて寂しい。松風の音、浪の音、愛電の電車の音――今はその上梟の啼声がする。
とまれ寂しい境地である。
しかし、ダンスの夕ばかりは賑かで、華かで静寂を破つた。
僕は今のところ、ホツクストロツトとワルツとブルースとしか踊れない。
ワルツが一番物になつてゐるさうだ。
それは角目々々がハツキリしてゐるからである。私はさういふハツキリした角目を持つたもので無いと受け入れられない。ダンスばかりで無く、一切のものに於て。
十二人ばかりのグループであり、女の数の方が多かつた。
この他に私はソシアルダンスへ三回出た。さうして、去年の冬、犬山の不老閣で半月ほどくらしたことがあつたが、その時同じダンスのグループが、私を慰めるといふ意味で押しかけて来て、不老閣の大広間をホールとして踊つたことがある。
今日までに五回しか踊つてゐないといふ訳である。
その結果感じたことは、ダンスをしてゐると婦人の肉体へ触れることによつてあまり肉感を起こさず、羞恥心を起こさないやうになるといふことである。普通の場合には、若い婦人をあゝもしつかと抱くといふのは恋人以外には出来ない。
ダンスの場合にはそれが出来るばかりで無く、さうしなければ踊れない。さうすることが普通になつてゐる。普通のことは免疫と同じだ。
以前は、若い婦人などの指の先に遇然触れても、一種の異様な感覚を受けたがダンスをやりはじめてからはさういふことが無くなつて了つた。
これは可いことだと思つてゐる。
私達のグループの中には職業的のダンサーがゐない。お嬢さんか奥さんである(。)(※2)だから可いのだと思ふ。一人でもダンサーが入れば、そこにこだわりが出来るだらうと思ふ。
私は五回ダンス会へ出たが一度もダンサーと踊つたことが無い。グループの中に婦人が多くてその必要が無いからであつた。
ダンサーと踊つたら、自ら気持が異つて来るものと思ふ。
一度踊つてみやうかな? などゝしきりに今思つてゐる。
近代的産物は――ダンスは日本に於てはまだ近代的産物である筈だ――多少の不愉快を忍んでも摂取すべきだと思つてゐる。食はず嫌いは不可ない。ダンスなど一度やり出すと迚も面白くて止められるものでは無い。
私ははしり(※3)が好きキワモノが好き、モダンの突端が好きである。
その結果私は気障な人間に見られてゐるらしい。私自身でも時々自分を気障な奴だなと思ふことがある。
しかし、一長あれば一短がある。私の気障にも可い所がある。心が――いや顔も姿勢も若々しくてぢゝむさく(※4)無いと、創作に多少ながらも新鮮味のあること、病気で憂鬱になることが随分あるが、その憂鬱に征服されずに或る点で乗り切つて了ふこと――これなどは気障の賜物である。
×
私は或る場合には小心であるが或る場合にはガムシヤラである。信州産まれだからだらう。
ダンスの場合など後者であつた。
ダンスの稽古を私は三日しかしない。
先生は、名古屋市のキヤフエー、ルルの女将(元、築地小劇場の女優さんで、室町歌江と云つた人――名古屋に於ける暗室キヤフエーの草分)と、そのキヤフエーの常連で、職業は受負師であり、カソリツク教の信者であり、語学に堪能の全く風変りの紳士の島田さん――この二人である。他に、介添人として、中部日本第一の書籍卸問屋の若主人河瀬さんご夫婦――
この四人の人が親切にも新舞子の拙宅まで来てくれて、拙宅の応接室をグループに見立てゝ私達夫婦に稽古をつけてくれた。応接室が狭いので、二日目からは小酒井さんの別宅を借りたが。
その後間もなく行はれたのが天白といふ土地のダンス会である。
いや、そのダンス会へ出席すべく急稽古をしたのであつた。
『ひとつ正式の風をして行かうぢやアありませんか。』
と云ふことになり、その通りにした。で私はタキシードにシルクハツト、エナメル、リボン附の舞踏靴、キツドの手袋(、)(※5)にぎり(※6)の円いステツキ、礼装のオーバ、だから純白の頸巻、黒の蝶形ネクタイ、黒の絹靴下、カウスボタンは光る金具を避けて貝、ポケツトへは三角に折つた絹ハンカチ、飾穴へは蘭の花、さうして顔を見られるのは禁物といふので、ビロードで目鬘を作つて掛けた。何んのことは無い、ルパン叢書の表紙に描かれてあるルパンに似て非なる途方も無い気障な道化紳士が制作されたのであつた。
ところが是で大儲けをした。
と云ふのは、そのダンス会は極めて略式のもので、さういふ正式の服装で登場した者が他に無かつたところから、その人達が云つたさうである。
『あゝいふ正式の服装をして来るのだからダンスには自信があるのだらう。』と。
が、稽古を三日したゞけの私達夫婦である。ステツプの出鱈目さ、テンポの目茶々々さ加減、問題にもなんにもならなかつたのであるが、しかし人達は云つたさうである。
『あれが新しいステツプなので、今にあゝいふステツプが流行するのだらう。』と(。)(※7)
いや、人生のこと、何で儲かるか解らない。(次回は『温室幻想』)
(※1)(※2)原文句読点なし。
(※3)(※4)原文圏点。
(※5)原文句読点なし。
(※6)原文圏点。
(※7)原文句読点なし。
底本:『騒人』昭和4年7月
(公開:2025年1月23日 最終更新:2025年1月23日)