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河合武雄氏のため 『紅蜘蛛奇譚』を 小酒井博士が書き下す 十五日頃新守座上演

 目下来名新守座に出演中の俳優河合武雄丈の懇望で小酒井不木博士はこの程同一座のために新しく探偵戯曲『紅蜘蛛奇譚』を書き下し(、)(※1)その第一回台本よみは小酒井氏も出席して五日深更行はれ本月十五日から幕をあける三のかはりより上演されることゝなつた(。)(※2)『紅蜘蛛奇譚』は同氏に取つて初めてのまげ(※3)物戯曲で、それだけ力のこもつた新鮮さの横いつ(※4)したもの、劇場側としても原作の持味を重じて、特に照明、舞台装置などに意を用ゐ、見物人をあつといはせる意気込みで着々準備を急がせてゐる。これにつき小酒井博士は
「私は由来高尚なる探偵趣味の普及といふことに全力をそゝいで来たもので、この戯曲を書く心持になつたのも、実はそれに外の目的があつた訳ではありません(。)(※5)「紅蜘蛛奇譚」は二幕四場で時代を徳川末期に取つたとはいへ、従来の歌舞伎の伝統をすつかり破つて新しい形式を生み出そうとしたのですが、どの程度まで成功してゐるか自身でも心配してゐます」
と語つてゐた。この戯曲の内容は紅蜘蛛お辰といふ女賊を女主人公として、これに三州岡崎から出て来た西川勇次郎といふ青年を配し(、)(※6)登場人物としてはこの外に目明かしの小十郎、その子分房蔵、三治その他あり、舞台は江戸で事件はそれからそれへと進展し、興味深いものであるとともにかなり色々の思想がおりこまれてゐて、上演の上はすばらしい人気を博するものと予想される。

(※1)(※2)原文句読点なし。
(※3)(※4)原文圏点。
(※5)(※6)原文句読点なし。

底本:『名古屋新聞』昭和2年1月7日

(公開:2017年11月3日 最終更新:2017年11月3日)