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或る夜の一茶

 先刻(さつき)から一茶は耳をすまして居りました。自由、平等、博愛の影うすき世の中に疲れ果て、せめて、鳴く虫の清き世界に魂を遊ばせて、虚偽と阿諛からなる俗塵を払はうとしました。ところが、どうでせう。いつの間にか虫の世界にも、人間世界の濁流が流れこんで居りました。一茶は驚いて筆をとりました。
  鳴(なく)虫も節をつけけり世の中は
  世の中や鳴く虫にさへ上手下手

底本:『少女倶楽部』昭和2年10月号

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆集成(昭和2年)」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(随筆の部)」

(公開:2006年2月20日 最終更新:2006年2月20日)