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放射線中心時代

 「ナザレから来たイエス! ハ(※1)な、何だか聞いたやうな名だが、どうも思ひ出せぬ……」之は例の皮肉屋のアナトール・フランスの小説の中のある男の言葉であるがこの同じ小説家が「顕微鏡は吾人の肉眼の錯誤を廓大する」といつたのは誠に痛快な言ひ草であると同時に襟を正しうして真摯に考へねばならぬことであらうと思ふ。
 顕微鏡の発明はたしかに輓近の科学就中生物科学の隆盛を促がす唯一の源泉であつた。霊肉両方面に多大の恩恵を与へて居る微生物学は偏に此顕微鏡の力である。事物の分析が科学の要素を占むるとは言ふ迄もないが、其分析に際して主要なる役目をなすは、やはり顕微鏡である。然し乍らこの顕微鏡も吾人の肉眼を通じて初めて其の用をなすので、吾人の肉眼にして洗滌し精練せられない以上、それが顕微鏡を借りその認識は、たゞ其溷濁錯誤をより明かに、より大にするに過ぎないのであつて、科学に携はるものゝ深く記銘せねばならぬ所である。
 顕微鏡の発見は余程古いのであるが顕微鏡が科学の中心をなしたのは主として十九世紀の中葉から其の末葉にかけてゞある。勿論今日と雖も科学のあらゆる方面に顕微鏡は主要なる部分を占めて居るのであるが、科学に於ける顕微鏡中心時代(※2)は所謂思想上に於て自然主義が隆盛を極めた時代であつた。ダーウインの進化論、ウイルヒヤウの細胞病理学は正にこの顕微鏡中心時代の産物であつたのである。
 ところが一八九五年にレントゲンが所謂ヱツキス線を発見し続いてベクエレルベクエレル線の発見、引いては現今到る処に人口に膾炙せられて居るラヂウム放射線の発見となり、現今に至るまで所謂放射線の研究が全盛を極むるに至つたのである。私はこの時代を科学界に於ける放射線中心時代(※3)と命名するのである。
 私は今東京府下森ヶ崎の温泉旅館に滞在して居る。東京湾から吹いて来る暖かい風は、桜花を散すと同時に、菜黄麦緑の錦繍を濃艶ならしめ、鴎の声に驚かされて、魚鱗の潜躍するも長閑に、磯伝ひに海苔採る女の小唄も美はしい。殊に此地の尊いのは鉱泉(冷泉)であつて、塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、酸化鉄を初め幾多鉱物質を含み、ラヂウム、ヱマナチオンは其放射能三・一マツヘを示して居る。赤く溷濁した泉水を温めて其内に身体を浸すとき幾多の皮膚病、リウマチス其他種々の疾病をも治癒せしむる効があるといふ。
 ラヂウム! 此の名は極めて普ねく行き渡つて了つた。其の語呂のよいのも一の原因をなして居るには違ひないが、白髪の老婆之を称し、白面の少年之を唱ふ。正にこれラヂウム中心時代換言すれば放射線中心時代を示して居るのではあるまいか。
 私は茲にラヂウム其他の放射線の生物に及ぼす影響を説くのでもなくまた其の治療的価値を論ずるのでもなく将た又其の物理的性質を述べるのでもない。即ち時代の流行児とし(※4)のラヂウムを説くのである(※5)。温泉にはラヂウムがなくてはならなくなり、あらゆる疾病には兎に角ラヂウム療法が施されねばならなくなつた時代の欲求、時代の趨勢につきて考へて見たくなつたのである。
 自然主義に反対して起つた思想に生命派の哲学がある。ベルグソンの流動の哲学が其一である。此の流動の哲学が高調せられた時代が即ち科学に於ける放射線中心時代である(※6)。原子、ヱレクトロン、微粒子と(※7)自然科学的世界観も漸次進歩し来り、物体の終局は力或は運動其のものに過ぎぬといふのが此時代の物質観である。即ち顕微鏡中心時代に於ては物体即ち力といふまでには行かなかつたのであるが放射線中心時代となるに及びて始めて微粒子にまで分析して考へらるゝに至つたのである。これがやがてベルグソンの見方と一致する点であるともいへる。
 之を治療学上から見るも等しき変遷を示して居る。細胞病理学中心の時代病原微生物学中心の時代即ち顕微鏡中心時代に於ては、血清療法が全盛を極めた。血清学はまだ決して其の終局に達して居ないにも拘らず、医学者は漸次血清学を逃れて、化学的療法乃至は理学的療法に走つて居る。化学的療法は暫らく措き、理学的療法は言ふまでもなく放射線中心時代の産物である。科学に於ける時代精神の発現は此の一事に於ても明かであらう。
 放射線は一の運動現象である。放射線による治療法は換言すれば運動療法である。流動といひ運動といひ科学に於ても哲学に於ても極めて流動的になつたのは最近の時代の特徴である。ところが最早この流動の哲学も時代の先覚者を満足せしむることが出来なくなつたのである。即ちロマンローランによつて唱へられたる英雄主義は争ふべからざる新趨勢となつて来た。然らば科学に於ても同様なる変遷を受けねばならぬのは理の当然である。即ち放射線中心時代は将に去らむとして居るのである(※8)
 之を治療学上から見るに、もとより理学的療法はまだ決して進歩した程度には至つて居らぬ、然し乍ら理学的療法は決して最善なる治療法ではない、なほ他に新らしき、換言すれば英雄主義的治療法が起つて来なければならない(※9)。然し乍ら英雄主義的治療法なるものは抑も何物であるか。新らしき時代を代表する治療法は何なるかは今此処で断言することは出来ぬが、私は英雄主義的療法は精神療法……新らしい意義に於ける精神療法(※10)ではあるまいかと思ふ。
 自然科学の勃興に連れて、医学は人体をあまりに機械的に取り扱つて来たのである。現今の医師が患者に対する態度はあまりに機械的である。精神作用の身体機能に及ぼす影響は科学的に漸次明かになるに至つたと同時に、必然精神療法が起らねばならぬ。もとより精神療法は以前から存したのであるが、新らしい自然科学的研究に基礎を置きたる精神療法(※11)(※12)これが新らしき時代精神を代表する治療法ではあるまいか。
 以上は単に治療学に於ける新時代の趨勢を述べたのであるが一般の自然科学に於ても其の中心となる何物かゞなくてはならぬ。放射線中心時代の後に来るべきは何? 私は嘗て科学に於ける英雄主義は想像を中心とすべきであると説いたが、放射線中心時代の後は或は想像中心時代ではあるまいか(※13)。而して想像中心は偉大なる人格を待ちて初めて実行し得べきもので、此れ吾等が飽くまで努力猛進しなければならぬ所以である。
 自然主義の時代に於ては其の弊害として肉慾中心の主義を伴つた。頽廃の気分は到る所に漲りて、これではならぬと屡々覚醒の叫びが起つたといへども所謂直観の哲学が起りて、放射線中心時代となりても、性慾中心主義は益其勢を逞しくするばかりで放射線中心は精液放射中心(※14)ではあるまいかと思はるゝやうになつた。新英雄主義は此の時代の大弊害を苅削せなければならぬ。
 私は今温泉旅客が紅裙を拉し来りて、三絃に酒肉の歓楽を奏でしめつゝあるを聞く、外には春風が緑の樹を鳴らして神玄なる響を起しつゝある。吁ラヂウムの存する所、やはり性慾が中心となる、放射線は放射を誘ふものか去れ放射線中心時代! ラヂウムの火の手も遠からず其の勢を減ずるであらう。それと同時に新らしき時代は来らねばならぬ。精神療法の高調せらるゝ所、想像中心主義の唱導せらるゝ所其処に科学者の新領土は横はつて居る。
(四月二十二日稿)

(※1)原文ママ。
(※2)(※3)原文圏点。
(※4)原文ママ。
(※5)(※6)原文圏点。
(※7)原文一文字空白。
(※8)(※9)(※10)(※11)原文圏点。
(※12)原文ママ。
(※13)(※14)原文圏点。

底本:『洪水以後』(大正5年5月1日号)

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1916(大正5)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(公開:2007年3月19日 最終更新:2007年3月19日)