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まことに興味深い江戸時代の化粧法

小酒井不木

 お化粧の根本は何んと云つても、先づ顔を白くすることであります。隆鼻術とか、眼じり、歯並を手術によつて変形させる方法も行はれますが、結局これは不調和なものになるばかりで、造物主の与へられた調和の美を毀すばかりであります。容貌が変化出来ないとすれば、少しでも色を白くして、良く見せやうとするは人情であります。白粉をつけるといふ事も、髪毛を所謂烏のぬれば色にするといふのも、昔おはぐろをつけたといふのも、所詮顔を白く見せやうとする手段にすぎません。
 併しさうした人工的の美はどこか飽き足らないものであります。結局、素で美しいといふことを好みます。『素顔であれだけ美しいのだから化粧したらばどんなに美しいであらう』などといふことは、昔から美人を説明する常套語になつて居ります。ですから結局、いかにしたらば、素顔を色白くすることが出来るか、といふことになつて来るのであります。この点は昔も今も、方法こそ違へ、その悩みは同じであつたのであります。近代では科学的に色白くする法もありますが、それは永久に保たれるものではありません。寧ろ昔の人が唱へた方法の方が、結果に於て効果が多いやうにも考へられます。
 医学でも昔の漢(※1)医といふのは、すべて経験から来てゐますから、理窟に合はないことでも実際に効果のあることがあります。色白くする法でもそれと同じで、昔の人が経験によつて得た方法には、現代の人が応用してもよいと思はれるものも存在すると信じます。
 恰度『都風俗化粧伝』に、色を白ふする薬の伝(つたへ)といふものがありますから、茲に抜萃することに致しませう。
          ○色を白ふする薬の伝(つたへ)
 西施白玉膏と名づく(。)(※2)唐土(もろこし)の美人西施常に此薬を用ひて天下に比(ならび)なき美人と称(よば)れし稀方なり。
  小豆 五合   滑石 一匁   白檀 一両
 右粉にし絹にて篩ひこして、常に面を洗ふとき面にすりこみ又行水の時肌膚(はだへ)にぬりて洗ふべし。
          ○色を白ふし肌をこまかく光沢(つや)を出して玉のごとくならしむる薬の伝(つたへ)
 西施白養散と名づけよく面の気血をめぐらし鮮血をあらはし顔色を白ふし肌膚(はだへ)のきめをこまかふしよき光沢(つや)を出し面上もろゝゝ(※3)の痒(かゆみ)を生ずる事なし。
  猪求 廿匁  白求 四匁  青皮 二匁  甘松 七匁  白丁香 二匁  砂仁 二匁  三奈 三匁  赤豆 廿匁  p角皮(さいかちの木の皮也)三斤
 右九味水(そのしなみづ)にひたして後火にていり乾かして皮を去り粉にして篩(ふるひ)こし身にぬれば半日にして色を白ふし肌膚(はだ)のきめをこまかくする妙法なり。
          ○色を白ふし老たるを嫩(わかやか)し美人となる薬の伝(つたへ)
 化粧伝秘方嫩容(どんよう)七香散と名づく(。)(※4)此方は或高貴の側室(そばゐ)年つもり色おとろへて容色を失ひ給ふが故、君の寵愛衰しをふかく歎き(※5)ひ修法厳密の名僧に仰せて顔色を艶かにし、老たるを若やかにする法をたのみ給ひしかば、名僧七箇日食を絶ちて、密法を修し金龍の出現をいのり、金龍よりこの法を伝はりてそれを授け奉りしかば、今迄顔の肉落ち、色青み憔悴(やつれ)(※6)ひし顔色忽ち嫩々(とんとん)とわかやかにならせたまひ、ふたゝび寵を得(※7)ひし奇法なり。
  牽牛子(あさがほのたね) 一両半  p角(皮を去り)一両半  天花粉 一両半  零陵香 一両半  甘松 一両  白(びゃくし)(※8) 一両
 右六味を細(こまか)に粉にし絹にて篩ひこし、面を洗ふとき水にてとき朝夕面上にすりこむべし、又手足へもすりこむ置くべし。
          ○色を白玉の如く肌膚(はだ)のきめをこまかにしさめ肌を治す薬の伝(つたへ)
 艶面天上粉と名づく(。)(※9)
  ■豆(ぶんだう)(※10) 五合  滑石 一両  白附子 一両  白檀 一両  白(はくし)(※11) 一両  甘松 一両  龍脳 二匁
《用法前と同じ》
          ○色を白くする伝(つたへ)
 白水(しろみづ) 米をかしたる水なり。
 鉢にため置けば米のしるのおり下にいさるを、上水を捨去り下りいさりたる米の汁を布にてこし、日にほし夜顔にぬりて寝(い)ね、翌朝あらひをとし又湯をつかふとき顔によくすりこみ洗ひ落せば色を白くする事白玉のごとし(。)(※12)
          ○色を白くし肌を細くし美人とする伝(つたへ)
 からすうりのね    土(うり)(※13)
 細にし醤水をもつてとき面にぬり暫くして後醤水をもつて洗ひ落すこと、まい晩かくの如くにすれば七日にして見ちがふごとき面色を白くして美人となる也、醤水とは水の中へ赤土を入れ、かきまぜ土の底にいたる時、上水をとるなり、此上水を醤水といふなり。
果して効能のごとくなるか否かは、勿論疑問でありますが、その応用されたる薬種の中には現代に於ても精製の上、化粧に使用されてゐるものがあるやうであります。
   ― をはり ―

(※1)原文ママ。
(※2)原文句読点なし。
(※3)原文の踊り字は「く」。
(※4)原文句読点なし。
(※5)(※6)(※7)原文ママ。
(※8)原文一文字判読不能。草冠に「止」か。
(※9)原文句読点なし。
(※10)原文一文字判読不能。
(※11)原文一文字判読不能。草冠に「止」か。
(※12)原文句読点なし。
(※13)原文ママ。「瓜」の誤植。

底本:『化粧之友』昭和2年11月号

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆集成(昭和2年)」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(随筆の部)」

(公開:2005年6月13日 最終更新:2005年6月13日)