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音楽と治療

 この一篇は筆者が大正九年の夏、巴里の客舎に病むだ時、階下より洩れ聞ゆるピアノの微妙なる音律に聞き惚れつゝ、いひ知れぬ大なる慰安を感じて物したものである。
   誰家玉笛暗飛声。 散入春風満洛城。
   此夜曲中聞折柳。 何人不起故園情。

   天山雪後海風寒。 横笛偏吹行路難。
   磧裏征人三十万。 一時回首月中看。
 この二篇の唐詩は幼い頃よく口すさむだのであるが、旅に病んで始めてその深長なる意義を味ふことが出来た。病みて徒然を覚ゆるとき、読書に疲れ、花の香に倦んだ際、ただ一つの慰安となるものは音楽である。まして自分の馴染んだ曲譜を聞くときは心はいつの間にか現実を離れ、従つて現実の苦悩を忘れて了ふ。幼な児が子守唄によりて夢の国に誘ひ行かれるが如く、人の心は音楽によりて知らず知らず過去の国又は遠く距たつた国に持つて行かれる。
 紀貫之は古今和歌集の序に、和歌の功徳を述べて、「力をも入れずして天地を動かすもの」と言つたが、同じ力は音楽にもあるといふことが出来やう。一管の笛によりて海上の颶風を鎮めたといふ口碑や乃至は鬼神を哭かしむるといふ言葉も、何れも音楽の魅力を語つたもので、音楽は単に風流や娯楽にのみ用ふるものではない。シヨッペンハウヱル(※1)は音楽は芸術の純なものであると言つた。古来何れの国にありても、厳粛な宗教的儀式には常に音楽が使用せられた。
 音楽は単に人間を感動せしむるばかりでなく、人間以外の動物と雖もなほよく音楽の為に興奮せしめらるゝことは動物学者の普く知る所である。バスタイル(※2)の牢獄に囚はれて居た一人の士官が(、)(※3)心中の懊悩を遣るために笛を吹いた所、沢山の鼠が室の隅の孔から顔を出したのみならず、天井に巣を張つて居た多数の蜘蛛が一斉に降りて来て、演奏者を取り囲んで謹聴した。マデイラ(※4)島の旅行者の談によると、蜥蜴が音楽によりて感動せしめられたと、ヂスラヱリ(※5)も書いて居る。
 劇しい疼痛に悩み、または高い熱に苦しむ時、心を一時たりとも他に向けしむるものは音楽であらう。また慢性病の床にありて言ひ知れぬ寂寥の感に襲はれた時、其れを消す唯一の方法は音楽であらう。人智の進まない時代にありて、疾病が悪魔の所為とせられた時分、病者の憂鬱こそは正しく悪魔の影響と考へられ、これを退かしむる最良の手段として音楽が用ひられた。ホーマー(※6)の詩の中には、疫病の狂暴を鎮圧するために音楽を用ひたとあり、ピンダー(※7)の記載によると、医聖エスクラピッス(※8)は、やさしき唄によりて、急性病を処置したと伝へられ、テオフラスッス(※9)は毒蛇に噛まれた時は、音楽によりて必ず治癒せしめ得ると書いて居る。有名な声楽家のファリネリ(※10)は其の微妙なる声曲によりて、スペイン(※11)王の憂鬱病を治し得た。
 精神作用が疾病の経過に大なる影響のあることは何人も疑ひ得ない。而して勿論音楽に直接の治癒作用は無いにしても、精神を安静にし、興奮を押へ、快感を与ふるものとしたら、間接に治療の実を挙げ得る事は、推して知るべきである。それ故音楽は、患者の看護の際には一日も欠くべからざるものであらう。一八〇五年五月発行の「フィロソフィカル・マガジーン」の中には、欧洲大陸の医者のあるものが、音楽の治療に及ぼす影響に就ての研究に従事しつゝある旨が記されてあるが、これは現今にありてもたしかに系統的に研究する価値のあることゝ思ふ。ビュレット(※12)といふ仏蘭西の医者は、自ら音楽の演奏に堪能であつて、病気の性質によりて異なりたる曲を選びて奏し、よく患者を治癒し得たと伝へられて居る。
 筆者が紐育のある整形外科病院の一室に研究に従事して居た頃(、)(※13)いつも病室の老化から、美はしいピアノの音が聞えて来て尠からず楽しさを感じたことがある。そして入院中の沢山の子供がン々として多大の慰安を与へられて居るのを目撃した。日本の病院が動もすると、患者に牢獄の如き感を与ふるのは、色々の理由もあらうが、この音楽の欠けて居ることも、一つの原因であらう。病院は須らく楽園たるべきで、音楽的設備を施すことによりて、少くともその理想の一端を実現し得ると思ふ。一寸した俚謡でも、看護婦などの喋々たる雑言よりは遙かに多くの楽しみを患者に与ふるであらう。
 日本人は爾来音楽に冷淡な国民として外国人から見られて居る(。)(※14)筆者自身も経験したことであるが、よく外国で知人の家に招かれ(、)(※15)ピアノを示して一曲を所望せらるゝとき、甚だしく赤面せざるを得なかつた。然し音楽の効果は古今東西を通じて一様であるべきもので、些細なことかもしれぬが、臨床家乃至病院経営者にこの方面の反省を促したいと思ふのである。(完)

(※1)原文傍線。
(※2)原文二重傍線。
(※3)原文句読点なし。
(※4)原文二重傍線。
(※5)(※6)(※7)(※8)(※9)(※10)原文傍線。
(※11)原文二重傍線。
(※12)原文傍線。
(※13)(※14)(※15)原文句読点なし。

底本:『治療及処方』大正10年12月号

【書誌データ】 → 「小酒井不木小説作品明細 1921(大正10)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(公開:2017年10月20日 最終更新:2017年10月20日)