十年前(※1)私は衛生学を専攻して海外に留学中でした。その頃よく探偵小説を読みましたが、帰朝すれば東北大学で教鞭をとることになつて居たので、作家にならうとは夢にも思ひませんでした。それが病気のために、創作をするやうになつたのです。こんな位ならもつと彼地で探偵小説を読んで置けばよかつたと思ひます。
健康が追々恢復して来るに従つて、やはり生物学の研究がしたくなりました。自分は試験管いぢりの方が適して居ると思ふのです。だから、
十年後(※2)にはきつと生物学専門の人間になつて居やしないかと思ひます。その時分でも探偵小説をよむことだけは相変らず好きだらうと思ひますが。
(※1)(※2)原文太字。
底本:『文学時代』昭和4年5月号
【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1929(昭和4)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」
(リニューアル公開:2009年11月7日 最終更新:2009年11月7日)