インデックスに戻る

幸福な結婚

小酒井不木

 賈大夫(かたいふ)は醜い男であつた。ために美人の妻は結婚後三年物を言はずまた笑はなかつた。ある日共に山に行き良人(おつと)がみごとに雉を射とめたので、見どころありと思つて、初めて笑ひ、さうして物を言つた。だが、これは決して他人(ひと)事ではない。世に結婚後三年、心から物を言ひ心から笑ふ夫婦がどれだけあるか。思へば結婚は幸福に縁遠いものである。「聾夫盲妻(ろうふまうさい)、これぞ最も幸福なる夫婦」といふフランスの諺が、何と身にしみるではないか。

底本:『朝日』昭和4年1月号

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1929(昭和4)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(リニューアル公開:2009年11月7日 最終更新:2009年11月7日)