『『新青年』趣味』 24号(通巻25号) 『新青年』研究会 7月7日発行
「恋愛曲線」「痴人の復讐」が「卒倒」と異なるのは、医学の話題か、そうでないかということだけではなく、主人公の思いが最後に明かされるのか、それとも出来事が偶然の産物と見えるのかという点にあった。また、読者に種明かしをする/読者をスカッとさせるという視点も考慮されなければならないだろう。不木の思う〈ユーモア〉の境界は、そのあたりに隠されているのかもしれない。
『超越への回路 戦間期日本における科学と文芸』 水声社 10月20日第1版第1刷発行
→ 『文学・語学』 第233集 2021年12月
北海道大学人文・社会科学総合教育研究棟W409 11月30日
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研究発表
怪奇をめぐる科学言説―江戸川乱歩・小酒井不木「ラムール」を手がかりに(宮ア遼河)
『文藝と批評』 第13巻第8号 文藝と批評の会 11月30日発行
この種の変格探偵小説は、萩原朔太郎が「探偵小説に就いて」(『探偵趣味』一九二六年六月)において、「変態心理の描出」が「重要な主題を占むべきだらう」と述べるなど、「一般の人」のみならず、文筆家たちによっても高く評価されたようだ。たとえば、緒生は「一号一人」(『探偵趣味』一九二六年三月)の中で、小酒井不木について、「氏の処女作「呪はれの家」」から「「遺伝」「手術」を発表される迄の」本格探偵小説は、「根が科学者であるから潤ひの無いものになりはしないか」という危惧が「まともに適中」した「好きになれないもの」であったが、以降の変格探偵小説に対しては一転して「潤ひの無い氏の筆が」「非常に力強さとなつて我々に迫つて来た」と語っている。このように、同一の作家による同一の性質を持った作品であるにもかかわらず、本格/変格探偵小説という「材料の如何によつて」評価が一八〇度変わってしまうことさえあったのである。
『文藝と批評』 第13巻第8号 文藝と批評の会 11月30日発行
こうした科学的叙述の細かさは、もとより不木自身が血清学・生理学者であり、誰よりも豊富な専門知を有していたという事実に由来しているだろうが、併せて考えて みたいのは、二作品が発表された一九二六年前後の言論空間――とりわけ大衆文化の次元における科学知識の位置づけである。仮に『恋愛曲線』『人工心臓』の科学的叙述が、長山の指摘するように「読者啓蒙」を企図するものであったとすれば、それは如何なる時代背景に由来するものであったのか。そこには、知的意匠としての通俗科学が同時代のジャーナリズムを取り巻いていく時勢において、探偵小説という新興の文芸ジャンルと「読者啓蒙」をめぐる不木自身の方略を見いだすことができるのではないか。
『文藝と批評』 第13巻第8号 文藝と批評の会 11月30日発行
『文藝と批評』 第13巻第8号 文藝と批評の会 11月30日発行
『文藝と批評』 第13巻第8号 文藝と批評の会 11月30日発行
『文藝と批評』 第13巻第8号 文藝と批評の会 11月30日発行
他方、不如丘が「赤いレッテル」(一九二六・一・一『新青年』)をはじめとした探偵小説へと乗り出すのも、そうした新境地の開拓という文脈で理解される。ただし、『新青年』でも不如丘を手放しで探偵小説家と遇していたわけではない。「温泉随筆」(一九二六・一一・一)の前書では、彼を「随筆界に於ける第一人者」と紹介している。また、江戸川乱歩は同誌一九二六年一月号の執筆陣を紹介するなかで、白井喬二や不如丘を「大衆文芸側から」の寄稿者とし、「探偵作家側」の不木とは区別している(「探偵小説時代――探偵雑誌全盛のこと」、一九二五・一二・七『読売新聞』朝刊)。