参考文献/資料集 2007(平成19)年

(公開:2007年4月2日 最終更新:2017年9月15日)
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1月

蟹江出身の作家 小酒井不木たたえ俳句のコンテスト 実行委が作品募集

『中日新聞』 尾張版 1月5日

 蟹江町出身の作家小酒井不木(一八九〇―一九二九年)にちなんだ「小酒井不木賞」俳句コンテスト(中日新聞など後援)の作品募集が五日から二月四日まで行われる。
 同コンテストは探偵小説の草分け的存在で、俳人でもある不木の業績を後世に語り継ごうと、住民らが実行委員会をつくり、毎年実施していてことしで四回目。

長崎における精神科医療の歴史――石田昇の足跡をたどりつつ―― / 中根允文

『長崎国際大学論叢』 第7巻 1月発行

 彼は、この華やかな活躍を前提に、米国の精神病院運営を詳しく調査し、作業療法等を含め精神障害者のケアの方法および精神医学一般を研究するべく、アメリカ合衆国に渡った。大正6年12月3日に横浜を発って、米国Maryland州BaltimoreのThe Johns Hopkins Universityに単身で国費留学したのである。同じ船には、千葉医専精神病学の松本高三郎教授、東北大学医学部衛生学の小酒井光次助教授、後に高良武久(慈恵医科大学精神医学教授となった)と結婚する和田(高良)とみなども同行しており、彼らは在米中にも親交を深めていた。

2月

談話室(一) / 西尾正

『西尾正探偵小説選1』 論創社 2月20日発行
→ 初出:『ぷろふいる』 昭和9年4月号

戦慄やあい!――一読者の探偵作家に対する注文 / 西尾正

『西尾正探偵小説選1』 論創社 2月20日発行
→ 初出:『ぷろふいる』 昭和9年7月号

行け、探偵小説!――一僕のノオト2 / 西尾正

『西尾正探偵小説選1』 論創社 2月20日発行
→ 初出:『ぷろふいる』 昭和10年2月号

3月

山本禾太郎における事実と虚構――「窓」「小坂町事件」を中心に―― / 細川涼一

『京都橘大学大学院研究論集 文学研究科』 5号 3月発行

(16)「打出二美人殺し」事件には二人の容疑者が出たことで小酒井不木も注目し、『趣味の探偵談』(一九二五年)で、「先日、兵庫県の打出で行はれた二婦人殺し事件では、有力な嫌疑者が二人出たため、官憲では何れとも決しかねて、現に(私が今この稿を書いて居る五月十九日には)京阪地方では、人々の論題となつて居る。尤も先日一方の嫌疑者の方に確定したといふ報道はあつたが、何分にも、物的証拠があがらないため、今なほ他の一方の嫌疑者を放免するに至らない」と述べている。

「小酒井不木賞」俳句コン 大賞に横井さん(愛西) 蟹江

『中日新聞』 尾張版 3月7日

 最優秀の小酒井不木大賞には、愛西市の横井正男さんの作品「父の声とび出しそうな案山子立つ」に決まった。(中略)
 小学生の入選句と一般の部の全作品計約八百句は、三十一日まで同町図書館に展示される。最終日には表彰式が開かれ、その後、CBCラジオのパーソナリティーで俳句への造詣が深いつボイノリオ氏が講演する。

名古屋 大衆文学史概観 / 木下信三

『名古屋近代文学史研究』 第159号 特集・名古屋の大衆文学 名古屋近代文学史研究会 3月10日発行

 周知のとおり、小酒井不木はわが国勃興期の探偵文壇に大きな刺激を与えた作家で『小酒井不木全集』(一七巻)がある。耽綺社を結成して探偵小説の発展に努めたことも知られ、『名古屋新聞』に耽綺社同人合作として懸賞宝探し探偵小説「南方の秘寶」を連載した。

小酒井不木の名古屋小説 / 浦部圭

『名古屋近代文学史研究』 第159号 特集・名古屋の大衆文学 名古屋近代文学史研究会 3月10日発行

「疑問の黒枠」(大正十五年〜昭和二年)虚偽の死亡広告を出された男が、それを逆手にとって模擬葬式を計画する。ところが、式の途中で本当に死んでしまう…… 娘の恋人や門前署の刑事、法医学の助手など、探偵役がめまぐるしく入れ替わり、展開がはやい。主に鶴舞公園周辺を舞台とした長編である。中村遊郭や市電なども登場する。現在の二時間サスペンスドラマのような、見せ場が多く、飽きさせない作品である。
 この他の作品でも御器所や鶴舞公園、大須など、鶴舞周辺を何度も舞台にしている。

わが最初の境界

『幻想と怪奇の時代』 紀田順一郎 松籟社 3月20日発行

 まったく出入り口のない、衆人環視の部屋で宝石が消え失せた直後の描写である。「賊はどんな方法によって、その中へ忍び込み、又どんな方法によって逃げ去ったのでしょうか。読者諸君、試みに想像してごらんなさい。(七月号へつゞく)」
 想像してごらんなさいといわれても、当時の子どもたちはテレビや映画が自由に見られたわけでもなく、探偵ものといえばせいぜい小酒井不木の微温的な少年科学探偵しか知らないのだから、まるで見当がつかない。

日本怪奇小説の流れ

『幻想と怪奇の時代』 紀田順一郎 松籟社 3月20日発行
 → 初出:『現代怪奇小説集1』 立風書房 1974年8月20日発行

蟹江出身の作家・小酒井不木 町に愛用の机寄贈 遺族ら

『中日新聞』 尾張版 3月31日

 蟹江町は、推理小説などを残した同町出身の作家小酒井不木(ふぼく、一八九〇―一九二九年)が愛用していた机の寄贈を受け、同町歴史民俗資料館で公開を始めた。

4月

(紙芝居)「小酒井不木」ものがたり 推理小説の夜明け / 絵・加古邦臣 文・加藤悦子

『第四回「小酒井不木賞」俳句コンテスト 俳句抄 折々草句集』 小酒井不木俳句コンテスト実行委員会 4月1日発行

捕物小説について / 野村胡堂

『野村胡堂探偵小説全集』 編者・末國善己 作品社 4月15日発行
→ 初出:『探偵作家クラブ会報』 19号 1948年12月

5月

第1章 浅草崩壊/大須の寂れ / 小松史生子

『乱歩と名古屋 地方都市モダニズムと探偵小説原風景』 小松史生子 風媒社 5月7日発行

(前略)それはともかく、遊郭の外部からの視線と内部からの視線――拠って立つまなざしの位置が異なれば、おのずと同じ都市の解釈も相反するであろうが、不木の視点はやはり彼の嗜好が求める〈旧名古屋情緒〉に固執し、いわば反モダニズムの主義からきていると言えよう。
 そして、乱歩自身の名古屋評価も、おそらくは不木が指摘した点を見逃しはしなかっただろう。だからこそ、昭和二年に名古屋を訪れた乱歩は、新しい中村遊郭へは赴かず、たとえ寂れたとはいえ、その寂れのなかに旧時代の情緒を残存させている大須旭遊郭跡を滞在地として選んだのだろう。遊女の幽霊に脅かされながらも、その陰気な奥の部屋を替えようとせず宿泊し続けた乱歩の行為には、不木と同じモダニズム回避の心情が透けて見える。

6月

小酒井不木の中学時代(二) / 浦部圭

『名古屋近代文学史研究』 第160号 名古屋近代文学史研究会 6月10日発行

 不木の英語懸賞課題の順位は、十九等→選外→選外→十二等→四等→無 と推移し、安定していない。

国枝史郎の探偵小説(続) / 斉藤亮

『名古屋近代文学史研究』 第160号 名古屋近代文学史研究会 6月10日発行

 国枝に探偵小説を書くようにすすめたのは、小酒井不木だと云われている。しかし年譜によると、国枝が来名したのは大正十二年で一月に結婚し、十一月頃中津川から名古屋市西区菊井町に移るとなっている。ところが『国枝史郎探偵小説全集』に収められた作品の古いものは大正十年に発表されている。とすれば、これらは来名以前の作品である。さらに大正十二年(三月〜十月)発表の『砂漠の古都』を読んだ不木が、作者イー・ド・ムニエは実在の外国の作家と信じており、国枝との会談中、これが国枝のペンネームと知って驚き出版のときには、不木が序文を書いている。これが不木がすすめて探偵小説を書いたという説の出所であろう。
 国枝と不木の出会いは大正十二年末か翌年始めと考えられる。その後の親密な交際は、二人が名鉄沿線の新舞子に家を隣り合って建てたというところまで進展した。ところが、不幸にもそれが実現する直前に不木の急逝となってしまった。そして国枝は誰よりも多くの不木追悼文を書くこととなる。その追悼文のなかで、周りのジャーナリズム始め、何かと不木をひっぱり出した人々への怒りを書き記している。

7月

名古屋の探偵小説展(チラシ)

平成17年7月18日〜9月9日 文化のみち二葉館

 探偵小説は名古屋が発祥の地でした。
 初めて海外の作品を広く紹介した小酒井不木は、鶴舞公園の近くに住居があり、彼によって見出された江戸川乱歩は、幼少期より名古屋に住み、愛知県立五中(現・瑞陵高校)を卒業しています。
 今回、小酒井不木と江戸川乱歩の交流と業績を紹介するとともに、当地出身で活躍中の井沢元彦氏(江戸川乱歩賞)と、大沢在昌氏(直木賞)の生原稿なども展示し、新旧交えた探偵小説の魅力を紹介します。

9月

小酒井不木の中学時代(三) / 浦部圭

『名古屋近代文学史研究』 第161号 名古屋近代文学史研究会 9月10日発行

 小酒井光次の懸賞数学の順位は、無→十九等→無→無→二十三等となっている。

 国語の順位は、三等→三等→一等と上位を維持しつづけている。

11月

名古屋の小酒井不木を知る / 森下時男

『探偵小説の父 森下雨村』 森下時男 文源庫 11月20日発行

 東京日日新聞に「学者気質」という読物が連載され始め、雨村は三日目の朝、『探偵小説』という表題に目を見ひらく。読むと探偵小説の古典から現代ものまで詳しく、それに何より探偵文学に十分な理解をもっている。
 雨村は、えらい発見をしたとおどり上がった。初めて聞く名だが小酒井不木とは誰だろう。「学者気質」という内容から、よほどしっかりした学者にちがいない。早速雨村は新聞社で調べようと思った。

ナゴヤ虚と実(9) / 呉智英

『朝日新聞』名古屋版 11月29日夕刊 第4面

 推理小説では、江戸川乱歩(一八九四〜一九六五)と小酒井不木(一八九〇〜一九二九)である。
 乱歩は、三重県名張市に生まれ、幼時に名古屋に移っている。旧制愛知五中卒業後上京、早稲田大学に学ぶ。探偵明智小五郎シリーズのほか、猟奇的な変格探偵小説の先鞭もつけた。これには、少年時代過ごした名古屋の大須の町の猥雑で頽廃的な魅力が反映しているようだ。
 不木は、名古屋に生まれてすぐに蟹江町に移った。旧制三高を経て東京大学医学部に学ぶ。医業のかたわら『恋愛曲線』などを発表した。しかし、不木の本領は海外の推理小説の紹介・研究にあった。乱歩との交友も厚く、創作の乱歩、理論の不木、として日本推理小説の草創期を担った。

12月

岡戸武平宅訪問 / 木下信三

『名古屋近代文学史研究』 第162号 名古屋近代文学史研究会 12月10日発行

 座敷には小酒井不木の墨筆になる扁額「子不語」がかけられていた。かつて岡戸氏は不木の助手をつとめた時期があり、ベストセラーになった不木著『闘病術』(春陽堂・大正一五年八月発行)は氏の執筆になるもの。私が「子不語」の扁額をじっと見つめていると、氏は遠い目をされ次のように語られた。
「子不語というのは論語の子不語怪力乱神からとったものと思われます。この文字は不木が江戸川乱歩に依頼されて書いたんですが、「不」の字の「撥ね」のところが掠れて短くなったので、もう一枚同じものを書いたんですよ。それで二枚目の書を乱歩に送り、最初のものは私が貰うことになったのです」
 そのおり撮った扁額の写真を見るとたしかに「フ」の部分の撥ねが短い。昭和戊辰とあるので昭和三年の書であろう。

小酒井不木の中学時代(四) / 浦部圭

『名古屋近代文学史研究』 第162号 名古屋近代文学史研究会 12月10日発行