『年報』 第十九冊 蟹江町歴史民俗資料館 3月26日発行
『乱歩の幻影』 編者:日下三蔵 筑摩書房 9月22日第1刷発行
→初出:『探偵倶楽部』1954(昭和29)年12月号
推理小説を知的で、普通文学よりももっと狭い読者しか期待できぬ特殊なものと考えている彼に対して、博士は大衆に面白く読まれるものを念願としていた。
『陰獣』を発表して探偵小説の高峰に登りつめた感のある乱歩は、一休みして次の姿勢をとらねばならぬ状態にあった。博士の業績や素志を回想しているうちに、ふと天啓を得た。探偵小説の面白さを広く世間に知らせる通俗味のあるものに着手しよう、そうだ、それが或いは博士の遺志を活かすことになるかもしれぬ。前々から叮重に且つ執拗に執筆を迫られていた講談社の雑誌が舞台に向くだろう。それにしようとやっと講談社の勧説に応ずる気になった。
そして朧々と明け放たれた四月三日の空を乱歩が振り仰いだ時にはまだ不木邸は森閑と静まり返っていた。
『乱歩の幻影』 編者:日下三蔵 筑摩書房 9月22日第1刷発行
本篇は、「探偵倶楽部」の江戸川乱歩還暦記念特集号に掲載された一篇。昭和四年四月一日に亡くなった小酒井不木の葬儀に出席した乱歩が、これまでの来し方を回想する、というスタイルの作品で、中島河太郎には珍しく小説形式になっているものの、内容的には実録ものであり、著者ならではの資料性に満ちている。