『蓬左』 第16号 名古屋市蓬左文庫 1月7日発行
不木の旧蔵書は、昭和50年、未亡人の小酒井ひさゑ氏(瑞穂女子短期大学教授。昭和54年没)から寄贈されたもので、洋書・和書・漢籍を問わず、専門の医学書・古典文学・推理小説等を中心としたコレクションである。現在では、資料の有効な利用を図るため、医学関係書は愛知医科大学図書館へ、その他の洋書および洋装本は名古屋市博物館へ移管し整理が行われている。(愛知医科大学図書館では既に目録作成済)
蓬左文庫には、主として近世の刊本約550点が収められており、次に挙げるような和漢の怪奇小説や犯罪・裁判関係の資料によって特徴づけられている。(「蓬左文庫古文書古絵図目録」に付載)
『毎日新聞』 4月27日夕刊
小酒井不木。彼が不木と号したところに双葉のまま朽ちざるをえないと自覚した悲しみをみる。
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倒れても彼の意欲は衰えなかった。医学者として同病の絶望している人々に向かって、実践と文筆によって結核の恐れるに足りないことを証明しようとした。しかし帰朝後の彼は、生命の焦燥にせき立てられるように筆を取り、不帰の日まで約七年間、ぼう大な執筆をした。いかに彼が速筆とはいえ、健康者でも命を縮める仕事量である。
彼は学術論文や医学の啓蒙文も物したが、名を高からしめたのは探偵小説と犯罪に関する評論である。時しも探偵小説は第一次ブームを迎えつつあった。彼は明りょうな文体と最新の医学知識を応用した推理によって、たちまち流行作家となった。
彼の小説は解剖室や実験室を舞台とし、復讐(しゅう)をテーマとすることも多く、時とすると暗く冷たい感じを与える。しかし大部分の作品は、悲劇で始まって幸福に終わり、読者に救いを与える。
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今日的な批評眼で彼の作品を見るならば、会話文のぎこちなさ、あいまいな差別意識、古式な医学などにより古い感じの作もある。しかし短篇のいくつかは、鋭い推理と論理的展開によって傑作である。
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ただ病熱のゆえであろうか、傑作と駄作の差が著しい。また評論や随筆は、才覚と機知にあふれている。
『萌黄日記』 渡辺綱雄 中部日本教育文化会 9月1日発行
→ 初出:『ABC通信』 昭和53年11月号
愛知一中出身のA君とむかし探偵小説(推理小説)の話をしていたとき、五中出の私が「江戸川乱歩は五中の一回卒業生だぜ」と自慢したら、A君も負けずに「一中には小酒井不木がいる……」とやりかえした。
近代推理小説の草分け二人が、中京に乃至は中京に縁故が深いことは奇しき因縁である。
私は昭和四年四月、四十歳で結核のため死去された不木氏には会ったことはないが、ひさゑ未亡人とは瑞穂短大の教官室で同室していたので親しくしていただいていた。そのうえ、大きな整理缶二箱にぎっしり詰った不木蔵書の整理点検と、市の図書館へ寄付への橋渡しを依頼された。
これらの蔵書はいま蓬左文庫の織茂三郎氏らによって整理され、同文庫に「小酒井不木コレクション」として所蔵されている。
『日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集』 東京創元社 12月21日発行
彼の研究の主なものに「毒及毒殺の研究」、「殺人論」、「犯罪文学研究」があるが、これらは単なる通俗医学の紹介書ではなかった。東西の文献や伝説、事実譚に例証を求めながら、極めて興味深い叙述を工夫している。特に文芸作品、探偵小説の引用が豊富で、研究書というより医学と文学の交渉を物語る啓蒙的役割が大きかった。
〈新青年〉には「按摩」、「虚実の証拠」、「遺伝」、「手術」、「痴人の復讐」と連続的に発表しているが、医学に取材して陰惨さが濃い。フランスの恐怖小説作家モーリス・ルヴェルを愛好したが、その作風に通ずる冷酷さが顕著である。
『日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集』 東京創元社 12月21日発行
『日本探偵小説全集 付録3(第1巻)』 東京創元社 12月発行