参考文献/資料集 1928(昭和3)年

(公開:2007年2月13日 最終更新:2017年9月15日)
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1月

(『喜多村緑郎日記』)一月十四日 / 喜多村緑郎

『喜多村緑郎日記』 編者 喜多村九寿子 昭和37年5月16日発行 演劇出版社

 打出してから、「残されし一人」の、稽古を通してする。丁寧にした。方々の新聞へ廻すとやらで、写真を幾度かうつす。午後一時を過ぎる。

(『喜多村緑郎日記』)一月十六日 / 喜多村緑郎

『喜多村緑郎日記』 編者 喜多村九寿子 昭和37年5月16日発行 演劇出版社

晴、道具調べをする。新守座。午前三時までかゝる。
 小酒井氏、国枝氏、もともに舞台げいこで写真をうつしたりする。
(中略)
 時間は明々と、のびてきて、とうゝゝ、待ち切れずに、六時頃新守座へ此方から出て行く。まだなかゝゝ出来ない始末だ、殆ど八時ちかくからやつと、「残されし一人」を、舞台稽古にかゝる。最も丁寧なる、舞台稽古で、一々、調子も、動きもつけてやる。
 道具の粗末さもひどいが、可成駄目も小つぴどく出した。とうゝゝ三時迄かゝつた。然しその為に明日は、非常な助かりであらう。

(『喜多村緑郎日記』)一月十七日 / 喜多村緑郎

『喜多村緑郎日記』 編者 喜多村九寿子 昭和37年5月16日発行 演劇出版社

曇、雨、初日。
新守座。三の替。狂言、第一「芸者」。第二「残されし一人」。第三「嘲笑」。
(中略)
 台詞は、殆ど暗誦した。一昨日から、昨夜までで、全く覚えたと云つてよかつた。早くからかゝつては居たが、さりとて覚え初めは、一昨日からである。
 夜の部を、寺の場まで出して十一時打出す。割に、早くから、台詞を渡してあつただけ、皆も覚えてゐた。伊井の文吉は、いゝ。僕自身はもつと考へる必要があると自から思つた。

(『喜多村緑郎日記』)一月十八日 / 喜多村緑郎

『喜多村緑郎日記』 編者 喜多村九寿子 昭和37年5月16日発行 演劇出版社

 舞台も、いく分づゝか、締つてくるが、ひどい難は、川嶋、の母親と、藤井、の音蔵が、なつてゐない。自分も、台詞を、時代から、ある点まで、現代的に、なほして云ふ事にした。発表されてゐる根本の台本が、現代語になつてゐるので、あまり調子をつける事を、さけてみた。
 打出し後、小酒井、長谷川、土師、国枝、それと、サンデー毎日の渡辺と云ふ男も一緒に、浮栄軒へ、木内側からよばせる事にした。渡辺と云ふ男は、ひどく、気取屋だつた。芝居の感想などを云ひ交はした。概して皆、感謝している訳だつた。二時半迄話合つて戻る。

(『喜多村緑郎日記』)一月十九日 / 喜多村緑郎

『喜多村緑郎日記』 編者 喜多村九寿子 昭和37年5月16日発行 演劇出版社

 昨夜、耽綺社の人々の話してゐた事だけは駄目を拾つて訂正した。大分、整つて来た。然しこの芝居は、殆ど、幕間をもたぬものでなければいけない。まだゝゞこのまゝでは到底都会では演せないと思ふ。

編輯局より / 横溝生

『新青年』 1月号

◆小酒井不木氏の『見得ぬ顔』大下宇陀児氏の『星史郎懺悔録』この二篇も亦本誌を飾る重要な要素の一つである。一は既に定評ある作家、一は最近めきゝゝと売出した新進作家、その気魄は既に大家を飲むの感がある。共に五十枚、近来稀に見る快文章である。

編輯便り / 竹雨庵

『春秋』 1月号

 ▼最後に文芸創作壇を設け、細田源吉、里村欣三、三宅やす子、小酒井博士、翁久充、村山知義、大泉黒石、石川三四郎氏等の名篇力作を添へたことを欣んで居る。

編輯後記

『騒人』 1月号

 江戸川乱歩氏と小酒井不木氏の合作小説は短篇だけれ共此の探偵小説界の両大家の合作などは恐らく空前絶後の産物だらう。前半が江戸川氏、後半が小酒井氏の筆だ。読み分けて見ると面白い。

2月

(マイクロフオン) / 瀬下耽

『新青年』 2月号

一、「見得ぬ顔」事件よりも一、二、三節迄の大論述が読みものです。作者は、この大あたまを活すために小さき尾を添へられしや。果又、尾をなして後、形を創るに巨頭を附されしものか。非ずか。

(マイクロフオン) / 大下宇陀児

『新青年』 2月号

(二)小酒井氏の「見得ぬ顔」と同氏の「遂に鐘は鳴つた」
 前者に就いては、読んでゐるうちに頭が下つた。最後のトリツクはいけないかと思ふが、類と真似手のない作である。ところで後者は、これはサンデー毎日にあるのだが、読んで了つて腹が立つた。ナンセンスストーリーならばナンセンスストーリーらしく書いた方がよくはなかつたか。小酒井さんのもので、この二つ程目立つた対照をなすものはない。が然し考へる。これを髷物にしたらどうだらう。恐らく大したものになるのである。こゝに、探偵小説家の並々ならぬ苦痛がある。

(マイクロフオン) / 浅野玄府

『新青年』 2月号

 小酒井さんの「見得ぬ顔」を新年号で拝見して感じたことですが――例によつてテーマ題材の卓抜さと結構のうま味とには感服させられましたが、しかし今度のやうな作でまでやはり結末をあゝした、みんなが急にバタヽヽ駆出すやうなひつくり返し式のそれにしなければならぬでせうか? 今度の作では読んで行く上の感銘からいふと(今度の作では作者の筆に意外に人間としての真剣味、熱があり、作者も庄司弁護士と共に社会の正義のために立つといつたやうな気概が感ぜられたりするので)読者は最後にあゝいふひつくり返し式の落ちを与へられたのでは、実際ドチヤマケしてしまふと思ふのですが。どうも頭と尻尾が違ふやうに思はれます。
 かういふ作はやはり結末をもつと素直に(しかし線は太く)、つまり西洋の探偵小説的興味のある文芸作品などに見られるやうな、もつとつくらない、しかも多分の劇的緊張味を持つといつたやうな、あゝいふ味のものに締上げたら、と思ふのですが、どうでせう?

(マイクロフオン) / 国枝史郎

『新青年』 2月号

 小酒井不木氏の「見得ぬ顔」は単なる探偵小説のための探偵小説で無い処が私には嬉しいと思はれました。法律に対する完解、人間の好悪感に就いての意見、わけても最後の庄司弁護士の心持などには鋭い深い氏の物の見方が窺はれました。従来やゝ自己韜晦の気味に居られた氏が、それに満足されずに次第に本質を現はして行かれやうとして居ります。

(マイクロフオン)正月号読後感 / 甲賀三郎

『新青年』 2月号

 小酒井不木君の見得ぬ顔は堂堂たる大作だ。鳥渡論文を読むやうな所があるが、思ひつきは全く素晴らしい。誰でも思ひつきさうな事で、中々さうではない。熱と力も十分である。只難とする所は、弁護士が女の話を真実と思ひ込む、之が全篇の骨子で、十分首肯できるが、女の方が、可成聡明な女でありながら、弁護士の態度から、何故自分の思ひ違ひを悟らなかつたらうか。尤も女は先入観に捉はれもので、弁護士を犯人と思ひ込んで、そんな余裕がなかつたのだらうが、それならそれで、もう少し女に皮肉な態度があつても好い。犯人はお前ぢやないかと云ふ所を匂はして好い。尤もさうすると筋を割る恐れが生じる。兎に角、女の態度が真剣なだけに、読後鳥渡さうした矛盾を感じる。

編輯だより / 横溝生

『新青年』 2月号

◇新年号に予告した通り、本号より向ふ八ヶ月の予定で、耽社同人の大合作小説を掲載する その自由奔放なる筋の組立て、奇想天外なる場面の発展は、これ到底一人の作家のよくなし能ふところではない。しかもこれは彼の無責任極まる連作小説とは全然その撰を異にし、既にしてその全部の構想は成立つてゐるのである。従つて読者諸君は安心して、この奇抜奔放なる魅力の中に引摺られてゐて可なりである。

次回配本 小酒井不木集

『大衆文学月報』 第10号 平凡社 2月1日発行

 前月の月報で既にお知らせしました如く、次回の配本は小酒井不木集です。小酒井氏は人も知る探偵小説作家として現代の日本が有する異数の人、その作品は別稿氏の記事にもある如く夫々に特色ある珍らしく愉快な傑作揃ひである。
 読者諸賢はさきに医学博士正木不如丘氏の作品を愛読されたのであるが、小酒井氏も亦医学博士で正木氏と好一対の作家、然も小酒井氏と正木氏とではその作風の上に非常に違つた特色があるので比較して読まれると頗るおもしろいと思ふ全三十一篇挿絵は岩田專太郎、竹中英太郎、立野道正、山文夫、新關健之助氏。全一千四十頁。三月上旬一斉に配本。

新年号妄評 / 名乗らぬ男

『探偵趣味』 2月号

カルシウム吸入器(三田村商店)広告

『文芸春秋』 2月号

医学博士 藤本武平二先生発明
日米政府専売特許 肺結核治癒促進 カルシウム吸入器(三田村商店)
→文献贈呈 「藤本博士、小酒井博士、近藤博士、森田博士 実験報告集」
「諸博士の推奨」
小酒井不木博士は博士自らの御病気に実験して其の御報告に
「藤本博士のカルシウム吸入療法は其の原理が私の考と一致したので(中略)吸入と共に見るゝゝ元気つきました。結核療法の中には多少冒険の伴ふものが有勝ちですが、此療法は有効無害であることは事実ですから私は敢て推奨するに憚らぬものであります」(実業之日本所載)

3月

(マイクロフオン)屠蘇機嫌悪態初音 / 江南老人

『新青年』 3月号

○飛機睥睨なんて芸題で脅かして、千両役者を五人ズラリと並べて、何でも読めつて云やがる。所が、俺の大嫌えな華族の遊会を出したのは虫が収まらねえ。誰だ、考へた役者は一足前に出ろ。だが、面白くなりさうだ。オツと、云ひ忘れたが、挿画が好いぞ。

(マイクロフオン) / 城昌幸

『新青年』 3月号

 ◇飛機睥睨、日本の探偵小説で、こんなにも堂々と、こんなにも悠々迫らざるこんなにも底力のあり余るものゝ出現を嬉しく思ひます。云つて見れば、恐ろしいことだ、これからどうなるか知れたものぢやない、と云ふ力感じました。が、一面に於てはその長所がまた、不羈奔放、生気溌剌と云つた方に短所となつてゐるのは、已むを得ますまい。それと、私には、敢て云へば、侯爵邸の園遊会と云ふ幕きの趣向が、月並で鳥渡古い気がしました。妄言多謝、五氏に取つて他山の石たらば幸甚に存じます。

(マイクロフオン)『マイクロフオン』への投稿 / 岩垣笹男

『新青年』 3月号

 飛機睥睨(五作家)――何さま、比較的個性的鋭さの少い大下氏の作に比してすら尚此の作は個性的でないですなあ。これが成功したらまさに之れ昭和のステーヴンスン。だが五作家に能く彼のウイツトと名文とを割出す意気ありや。

 座談会――横溝氏江戸川氏が陶酔派らしいのがうれしい。國枝氏がなぜ陶酔派でないか? だが彼の云ふ事は正しい。陶酔は陶酔として好いものだが、直ぐそれと分るやうな甘い陶酔は鼻持ちならないです。この座談会は速記者が下手ですね、会話の陰影がよく出てゐません。

編輯局より / 横溝生

『新青年』 3月号

◇最後に本誌の大呼物『飛機睥睨』について一言させて貰はう。この読物は果して目下一大センセーションを呼起してゐる。が茲にくどいやうだがもう一度言はせて貰へば、これは決して連作ではなく、純然たる合作である。第一回を読まれた諸君から、或ひは小酒氏、或ひは江戸川氏、或ひは国枝氏の色彩が濃厚だといふやうな投書を戴いたが、そんな事はあり得ないと信ずる。こゝに一言して置く次第である。

疑問の黒枠を推奨す / 森下雨村

『大衆文学月報』 第11号 平凡社 3月1日発行

参照: 疑問の黒枠を推奨す

酒と私 / 土師生

『大衆文学月報』 第11号 平凡社 3月1日発行

 (前略)私は酒は好きですが、まづ小さい杯に四五杯といふところ、カクテルなら『アマイ』のとことはつて註文するのです。
 これが嘘だとお思ひでしたら耽綺社の同人に聞いて下さい。耽綺社といへば小酒井さんが杯に一杯か二杯。長谷川さんは受けた杯を干さないで、『ヤ、僕はいけないよ』と酌をしようとする女の人に、チヨイと左の手を振つて見せます。江戸川さんは盃をお膳なり盃台にピツタリと伏せたまゝ遂にその盃は酒で濡れることはないのです。國枝さん一人多少イケますが、これとて世間ザラにある程度で酒のみではないのです。

創作探偵小説全表 / 浅川棹歌

『探偵趣味』 3月号

編集室より

『雄弁』 1月号

■新年号本文に於ても、容易に得られない名篇が少くない。(中略)小説欄にては、文壇の権威佐藤紅緑氏の『父』を始め小酒井不木博士の『雪の夜の惨劇』(中略)其他篇々悉く精読に価するものと確信する。是非忌憚なき御批評をお願する。

4月

編輯局より / 横溝生

『新青年』 4月号

◇耽綺社同人諸氏の合作小説もいよゝゝ本舞台に入つて来たやうだ。第一回に紹介されたあの大勢の登場人物が、この第三回に至つて、そろゝゝ各々の特色を以つて活躍し始めた。今迄雑誌の続物を読まない事にしてゐるといふ人ですら、これだけは思はず読まされるといふ話である。読者の立場からこの僕も、響晰とこの世におさらばを告げた男に、最も多大の興味を持つてゐるのだが、さてこれからどう発展して行く事か、近頃での楽しみの一つである。

5月

編輯局より / 横溝生

『新青年』 5月号

◇『飛機睥睨』はその挿絵と共に益々もつて熱烈な歡迎を受けてゐる。日本の小説壇に、これ程スケールの大きなものが生れたのは、蓋しこれをもつて嚆矢とするだらう。五人の偉大な、そして各々の著しい特徴を持つた作家が集りながら、しかもかくの如き渾然とまとまつた作品が生れるといふ事は実際驚異とするにたる。問題となつた『飛機睥睨』と言ふ題名は一体何を意味するのか、聡明な読者は本号の分によつて早くも覚られた事であらう。

6月

(「『好色破邪顕正』」に附された編集部コメント)

『現代』 6月号

 

編輯局より / 横溝生

『新青年』 6月号

◆『飛機睥睨』はいよゝゝ佳境に入つて来た。此の小説の受けてゐる事は実に意想外な程で、毎日投書が少くとも数篇は来る。最近ある雑誌社からも是非『飛機睥睨』のやうなものをと耽綺社へ注文が行つたといふ話であるが、これを以てしても、難しいと言はれてゐた合作が、この小説では如何に成功したかが分る事である。

(広告)『講談雑誌』6月号

探偵小説 恋魔怪曲
東雲伯爵家に起る世にも奇怪なる御家騒動を中心に事件は益々波瀾曲折を生む。前代未聞の大探偵小説。

れふき

『猟奇』 6月号

7月

(『喜多村緑郎日記』)七月十八日 / 喜多村緑郎

『喜多村緑郎日記』 編者 喜多村九寿子 昭和37年5月16日発行 演劇出版社

 伊井が来年の演舞場といふのは、瀬戸英一の話で聞くと、二タ月休ませて置いて、「五歩」だといふのは、怪しからんと、日出夫がこぼして居たといつてゐた。狂言は、耽綺社の連中へ平山芦江が加はつて、一幕、づゝ書くのだといふ。平山といふ男は、新派を、殆と、嘲笑を以て葬るやうにして居て、その新派の脚本を書くことに首をつゝこんでくるのは、彼のきたない野心が、よくみえる。どこまでもいやな奴だ。………

編輯局より / 横溝生

『新青年』 7月号

◆『飛機睥睨』も大分終りに近附いて来た。この月などは興味の頂点に達してゐる。今まで網の目のやうに拡げられてゐたもろもろの疑問が、この号より追々解決され始めた。前回に出た不思議な老婆の不吉な予言がどの程度当るのだらうか。僕も大いに楽しんでゐる。ついでながら講談雑誌に連載されてゐる小酒井不木氏『恋魔怪曲』といふ長篇、これが又実に面白い。第一回から僕は愛読してゐるがこれも亦楽しみの一つである。

(広告)『猟奇』7月号

ペンから試験管(筆者の自己転換論) 小酒井不木

8月

編輯局より / 横溝生

『新青年』 8月号

◇長い間好評を続けて来た『飛機睥睨』も愈々来月号を以つて完結する事になつた。見らるゝ通り、本号の分を以つて、急速度に解結のゐきに到達して来たが、あの数々の疑問が、果してどういふ風に結末をつけられるか。探偵小説の価値の七十パアセントが結末にある事を思へば来月号こそは、最も興味を以つて迎へられる月であらねばならない。よろしく御期待を乞ふ次第である。

探偵小説はどうなつたか / 甲賀三郎

『新青年』 8月増刊号

(前略)大正十三年末、一年の欧米旅行を終へて帰つた筆者は十四年から稍多く書初めたが、同年秋かねて探偵趣味の鼓吹者として功労最も多かつた小酒井不木が衆望を担つて、『呪はれの家』を処女作として探偵小説界に投じてから、先に江戸川亂歩によつて、所謂文壇人に認められた探偵小説は、こゝに小酒井不木によつて所謂娯楽雑誌に進出するの機会を得て、一躍大衆小説の寵児たるが如き観があつた。何と云つても、本邦探偵小説は前掲の三人を恩人と云はざるを得ぬ。即ち森下雨村はその紹介者として、江戸川亂歩は探偵小説の置位(原文ママ)を高め文壇的に認めさせたる点に於て、又小酒井不木は一般娯楽雑誌に探偵小説を掲載せざるべからざる機運を作りたる点に於て、本邦探偵小説中興史の第一頁に特筆大書すべきである。

れふき

『猟奇』 8月号

9月

科学者と探偵小説

『金沢犯罪学会雑誌』 金沢犯罪学会 1巻1号 9月発行

 医学博士小酒井光次では知る人は少ないか知らぬが小酒井不木の文名を知らぬものは現在日本の青年には殆どないであらうと云つても誇言ではないと思ふが、小酒井博士は科学的研究は探偵が犯罪捜査上の頭の使ひ方と全く同じ行方だと云ふので、立派な科学者になるのには探偵小説を読むがよいと力説して居る。正しき推理を充分に駆使する点に相似たる点があるのであらう。
 (中略)血清化学者並に法医学者として近代稀に見る真の学者として学徳兼備の東大三田定則先生が又其観察力、推理の鋭い事は到底探偵も及ばない点がある事はよく知られて居る所であるが、三田定則先生が西欧の文学を読破して居る事は博学の小酒井博士も舌を巻いてる処だ。
(後略)

10月

(マイクロフオン 八月増刊「陰獣」を中心として) / 国枝史郎

『新青年』 10月号

左に所感一束を(一)探偵小説不振の声また起る。起す人が作家自身であるので、気の毒だ。(二)山下利三郎氏盛に探偵小説界を叱咤す。傾聴すべき言あり。(三)小酒井不木氏そろそろ探偵小説界隠退の意をほのめかす。だから今後はもつと沢山書くだらう。(四)メリメエ乃至キイランドの如きスタイリスト渡邊温氏が作を示さざるを寂寥とす。僕が嘱望してゐる作家はこの人一人だけ也。

11月

(マイクロフオン) / 木下龍夫

『新青年』 11月号

「新青年」の愛読者は、この地方でも相当にあります。探偵趣味の愛読者は一人もない。作家として小酒井、甲賀、江戸川とやうな順序でせうか。

大衆談話室 / 林祺夫

『大衆文学月報』 第19号 平凡社 11月1日発行

 私も大衆文学の会員の一人だ。
 この全集に対して忌憚ない読後感を云はしめて貰ひたい。
 (中略)
 十一回小酒井不木集。氏の探偵小説には学問的な所が多い。それが或るぎごちなさを感じさせる。も少しなめらかであつて欲しい。

れふき

『猟奇』 11月号

12月

(マイクロフオン) / 或る男

『新青年』 12月号

 陰獣、陰獣で五月蠅くて仕方がない、なあんだあんなもの、病的な人間の空想だ! と或る男は敗惜みを言ふ、巨勢氏の評が最も穿つてゐる。が或る男は亂歩氏の並々ならぬドイルを陰獣に発見する。それから大井生の亂歩氏に対する警告無用である。誰だかも小酒井氏を研究所から引張り出せなんて危険な事を言つたが氏の医学趣味亂歩氏の病的趣味も取捨てられる事になると、ユニークたる地位から独立してやらなければならない。陰獣に現れた性的被虐者等は躍々と紙上に登場してるではないか。

れふき

『猟奇』 12月号