先日は失礼しました。御手紙忝く拝見致しました。サインを揃へる儀尤もと存じます。印は捺すことに致しませう。此とほり願へれば幸甚に存じます。不木又は不木軒主人となさつて下さつてもよろしう御座います。
とりあへず御返事旁(かたゞゝ)。
拝復、私の不注意から重ねての御手紙を煩はし、恐縮に存じます。私は幸に恢復致しましたから他事ながら御安心下さいますやう御願ひ致します。
カルシウム吸入療法は私の友人の発明したもので御座いまして、私もその主意に賛成して実験して見ました。無論、特効があるわけではないですけれど、カルシウムを体内に送るには最もよい方法と考へた訳で御座います。吸入療法は大正十二年九月の大咯血から二ヶ月程過ぎて始めたのですが、その時分は熱もなくたまに小咯血があつたぐらゐで、爾来順調に暮して今日に及びました。ですからカルシウム吸入のみが私の今日あらしめたとは言ひ得ませんが、少くとも害はありませんでした。この病気にかゝると、患者は何か具体的の療法を試みないと心さびしく思ふものですから、私はやりたいと思ふ人にやつて御覧になることをすゝめて居ります。よく効があるかどうかときかれますけれど、特効のない限りこの答へは致しかねるので御座います。
御手紙によりますと、あなたの御容態はもはや安全の域に達して居ります。三十七度内外の熱は、随分長く続くものですから、出来るなら検温を廃して見られるとよいと思ひますが、無理に廃することもありません。精確な体温は口中ではかるのが一番よいと思ひます。口中は通常腋下よりも少し高くあらはれます。舌の下方へ水銀部を入れるので御座います。さうして唇をふさぐので御座います。仁丹体温計は使用したことがありませんが口中なら五分でよいかと思ひます。寒い時節ですから、今急に積極的療法を御始めになることは考へものでせうから、当分は自己の体質、過去の生活等に考へをめぐらし、ひそかに鞏固な意志を養つて自己流の療養法を案出し、春先から身体を練つて一日も早く病を征服なさるやうに祈つて居ります。
(※1)大正15年10月6日発「牛尾卯三郎」氏と同一人と思われる。
底本:『小酒井不木全集 第十二巻』(改造社・昭和5年5月21日発行)
(リニューアル公開:2006年2月28日 最終更新:2006年2月28日)