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書簡

大正十年

桑原虎太郎氏宛 九月二十二日発

 拝啓、度々御心に懸け御見舞下され候段、切に御礼申上候。拙文御高読を得候事、真に嬉しく存じ候。到底碌なものは書けず、誠に御恥しき次第に有之(これあり)候。実は種基兄より叔父上様が御読み下さる旨先日書信有之早速御手紙差上むと存ぜし矢先に候。
 あれは後に単行一小冊子に致すことゝ相成りその節は差上げ申度(まをしたく)存じ居り候。
 却説(さて)、種基様の御渡欧期も愈々切迫致し候。令兄も目下多忙の事と存じ候。一度帰省せられ候由然るべき事と存じ候。小生も何となく嬉しく思ひ居り候。二年と申すはぢきに有之今よりはや帰朝せらるゝの時節が待たれ候(。)(※1)
 何卒御家内様皆々様に厚く御伝言遊ばされ度(たく) 先は右御礼旁申上度(かたゞゝまをしあげたく)如斯(かくのごとく)に御座候。草々拝具。

桑原虎太郎氏宛 十一月二十一日発

 拝啓昨今は冷気大に相増し申候処(まをしさふらふところ)高堂各位益々御健勝の趣何よりに存じ候。小生御蔭を以て別條も無之(これなく)他事乍ら御安意下され度候。
 さて種基兄愈々来る二十九日御出帆二年余御寂しき事と存じ候。令兄昨日態々(わざゝゝ)拙庵を御訪ね下され久し振りに対顔大いに名残を惜しみ候。小生健康ならば神戸埠頭に送り申上べきにと誠に残念に候。国元の御両親様にも久しく御無沙汰致し居り候が何卒よろしく御伝言御祝辞申上下され度候。小生の拙稿『学者気質』近日一小冊子となるべく候が古畑兄の御出帆前には出来致し兼ね残念に候。出来の上は何れ御高読を煩はし度存じ候。何卒御家内皆々様によろしく御伝令下され度種基兄にもよろしく御礼申上置き下され度候。草々。

(※1)原文句読点なし。

底本:『小酒井不木全集 第十二巻』(改造社・昭和5年5月21日発行)

(リニューアル公開:2006年2月28日 最終更新:2006年2月28日)