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書簡

明治四十三年

桑原虎太郎氏宛 十月廿四日発

 拝啓
 秋色今や酣なる砌りに御座候処御叔父上様には益々御勇健に渡らせ給ふ由、欣喜の至りに御座候。
 小生方御蔭を以て無事消光罷在(せうくわうまかりあり)候間憚りながら御休心被下度(くだされたく)候。
 偖、本日は御丁寧なる御音信に預り忝く存じ奉り候。それにつけても恥かしきは我身、既に永く長く御無沙汰仕り候て、心にのみ思ひ居りし候ひしかども、ついゝゝ不本意ながら御叔父上様より音信に接し、誠に慚愧の至りに御座候。
 当地に参り候てより約五十日を経申し候。大学内部の様子も略明らかとなるに至り申し候。生徒は一般に勤勉にして寸時も躊躇致し難く候。せいゞゝ鞅掌努力して叔父上様の御勧告に報ゆる覚悟に御座候。
 御令婿種基様よりは絶えず通信に接し居り候。目下は大々的に活動の由にて、聞くだに心地よく御座候。二年の後には再び共々当地に相携へて活動いたし度思ひ居り候。
 京都と東京と土地こそ隔り居れども、信書によりて常に相励まし居り候。何卒叔父上様よりは種基様へもまた小生へも厚く御勧告相煩はし度候。十分精励して目的を果し、希望を遂げたき覚悟に御座候。
 御親戚にあらせらるゝ大橋様を御推薦下され忝く御座候。先輩の方を知り候て何かと御指導を仰ぐ事は小生に取りて限りなき悦びに御座候。何卒御通信の節小生を御紹介置き下され度願上げ候。何れ不日拝顔至るべく候。
 東都の地は本月初めより連日降雨に苦しめられ、漸く昨日より秋晴の朗かなる空を眺めて鉄腕を擦り申候。今や灯火親しむべき砌となりて、誠に蓄ふべきの季節来り申候。種基様も今頃は大々的奮勉の事と遥察いたし候。
 朝夕の寒気冷風追々肌を侵す候、折角御自愛専一に祈り上げ候。郊外の秋色もまだ探り見ざるため御報せ申上げる事も候はず、時を追うて座下を汚すべく候。
 御家内様皆々様には厚く御伝言下され度候。先は右乱筆を以て申上げ候事かくの如くに御座候。
 不具。

底本:『小酒井不木全集 第十二巻』(改造社・昭和5年5月21日発行)

(リニューアル公開:2006年2月28日 最終更新:2006年2月28日)