『小酒井不木全集』「ニュース」



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公開資料について

 筆者が所有しているのは一番最初の「ニュース」だけである。これについてはテキストデータと共に画像を掲載した。
 残る四部については奈良泰明氏にご協力をお願いして、「ニュース」全種類を所有して おられるご友人からコピーをお分け頂いたものを、テキストデータとして公開するものである。改めてお二人にはお礼を申し上げたい。
 なお、本文中、特に作品タイトルの一部等に多く誤植と思われる文字が見られるが、すべて表記のままとした。

 

『小酒井不木全集 第六巻』に挟み込まれた
一番最初の「ニュース」(表面)
(裏面)
ニュース(表面) ニュース(裏面)

 

No.1 「小酒井不木全集」 全十二巻 ニユース
(『小酒井不木全集 第六巻』昭和4年11月・第7回配本)

四冊増刊に就いて御願ひ

 我が『小酒井不木全集』は、読者の異常なる御声援と御支持に依つて、近来比類のない記録を作つて近く完結しようとして居ります。然るに最近、遺族や編輯者が、故博士の塵に埋れた書斎や筐底を整理してゐると、俄然、未だ世に知られざる貴重な原稿、日記、俳句、等、等を捜し当てました。就いて閲読して見ますと、それゞゝ価値の高いもの、後に伝へて貴重な文献になるものばかりであつて、『全集』としてはとても見遁せないものばかりであります。
 そこで我等に於て、増巻すべきであるかどうかを研究熟議したのでありますが、価値ある原稿を手にしながら、見すゝゝ『全集』より脱することは編輯者としては到底忍びないことでありますし、また故人の業績を永く記念する『全集』の性質として、それは断然増冊すべきが至当である、と云ふ意見に到達しました。それに就いて、多くの愛読者各位の御意見はどうであらうかと考へ、重なる都市の古本屋の情勢についてその一般を察知しようと試みたのでありますが、そこには殆ど悉くの全集物が、新本のまゝ堆く積まれてあるに拘らず、我が『不木全集』は手づれのした一冊さへ認めることが出来ませんでした。此の事実は謂ふまでもなく、読者各位の本全集に対する異常な熱意と支持と、そして故人に対する異常な崇敬と親愛の意思の表白でなくて何でせう!
 茲に於て止むを得ず、四巻を追加増刊することに取極めました。何とぞ編輯者と出版者の意の在る所を御諒察され、右追加増刊に御心持よく御賛成下され、引続いて御購読下さるやうお願ひ申上げます。

◇追加四冊の内容◇
第九巻 探偵小説中篇集
第十巻 趣味の探偵談
第十一巻 三面座談及タナトプシス
第十二巻 文学随筆及書簡

四冊総内容

第九巻 探偵小説中篇集

懐疑狂時代 眠り薬 指紋研究家 抱きつく瀕死者 紅色ダイヤ 暗夜の格闘 髭の謎 頭蓋骨の秘密 白痴の智慧 紫外線 塵埃は語る 玉振時計の秘密
ドーゼ作 夜の冒険(翻訳中篇小説)

第十巻 趣味の探偵談

一、犯罪探偵の今昔 (イ)犯罪の進歩と探偵の進歩 (ロ)棠陰此事解説
二、犯罪探偵茶話 (イ)犯罪探偵エピソード (ロ)世界裁判奇談
三、趣味の犯罪探偵談
四、科学探偵談
不具と犯罪 犯罪者のジエーキール・ハイド性 モリアーチー教授 窃盗心理 ペルとランドルー 死刑と死刑囚 性的犯罪 無名の脅迫状 説教強盗管見 森の殺人其他

第十一巻 三面座談及タナトプシス

三面座談
予言 胎児 堕胎 屍体刑罰 放火盗人哲学 迷信による殺人 苦痛を求むる人 以下数項
不木軒夜話
探偵に応用したる最新科学 最も新らしみのある犯罪 偉人天才の性的生活 ヒステリーと犯罪 沙翁と夢遊病 大学教授停年制以下十数項
タナトプシス
タナトプシスとは 首斬人の歌 五右衛門と如軒 死にきれぬ死 切腹の手本 古代の自殺観 日本人の冥途旅行談 サン・ゼルマン伯 以下三十数項

第十二巻 文学随筆及書簡

文学随筆
うらなひ夜話 思ひ出 私の観た純文壇・芥川氏の自殺 探偵文芸の将来 江戸川氏と私 探偵小説管見 探偵読本 学位濫授とは? 探偵小説の味 文芸と早熟 以下二十数項
略年譜
著作年表
伝記書簡

(増巻の頁数は一冊約五百頁 定価は壱冊壱円です)


No.2 「小酒井不木全集 全十二巻」 ニユース
(『小酒井不木全集 第八巻』昭和4年12月・第8回配本)

「病間録及日記」第八巻

   ○
 今回配本の「病間録及日記」は、そのうち「病間録」の一部が単行本に掲載されてあるのみで、他は悉く著者の書斎の奥深き抽斗に納められてあつたのを編輯したもので、中には非常に珍しいものもある。殊に俳句に至つては、日記の片隅、または小さいノートの中から、選び出したのでこれは始めて発表されるもの。俳句の最後にのせた短句は木下杢太郎氏石田元季氏などと連句を試みられた時のものである。
   ○
 日記は切れゞゝではあるが、大学卒業直後から、帰朝後まで掲載し得た。著者が如何に研究に没頭して居たか、如何に病苦を冒して上へ上へ伸びようと努力してゐたか、ことに巴里に於て書かれた病床日記は読むものをして思はず涙ぐましむるであらう。闘病の意志はすでにこの頃から胎動してゐたのである。「文は人なり」とは日記をさしてはじめて言ひ得る言葉か、乞ふ熟読を。

四冊増刊に就いて

 既に御承知の如く、本全集は四冊増刊全十二巻といふことに致しました。先回このことを発表致しますと『それは当然のことである。何故最初からさういふ計画を立てなかつたか、併し遅蒔きながら気のついたのは結構である。大いにやるべし』といふお叱りやら、激励やらの投書を受取り編輯子も大いに原稿整理に忙殺されてゐる訳でありますが、この際一人残らず継続して購読されんことを希つて置きます。増刊四冊の内容は裏面の如く興味深いものばかりで「三面座談」「タナトプシス」「趣味の探偵談」などいづれも著者苦心研究の材料をユーモアたつぷりに書かれたもので一度繙けば、必ず最後まで読ましむるものであります。

次回配本は第九巻
探偵小説中篇集

内容の一斑
懐疑狂時代 眠り薬 指紋研究家 抱きつく瀕死者 展望塔の死美人 好色破邪顕正 紅色ダイヤ(以下略)
夜の冒険(ドーゼ作翻訳中篇小説) 第九巻約五百五十頁

◇追加四冊の内容◇
第九巻 探偵小説中篇集
第十巻 趣味の探偵談
第十一巻 三面座談及タナトプシス
第十二巻 文学随筆及書簡

四冊総内容

第九巻 探偵小説中篇集

懐疑狂時代 眠り薬 指紋研究家 抱きつく瀕死者 紅色ダイヤ 暗夜の格闘 髭の謎 頭蓋骨の秘密 白痴の智慧 紫外線 塵埃は語る 玉振時計の秘密
ドーゼ作 夜の冒険(翻訳中篇小説)

第十巻 趣味の探偵談

一、犯罪探偵の今昔 (イ)犯罪の進歩と探偵の進歩 (ロ)棠陰此事解説
二、犯罪探偵茶話 (イ)犯罪探偵エピソード (ロ)世界裁判奇談
三、趣味の犯罪探偵談
四、科学探偵談
不具と犯罪 犯罪者のジエーキール・ハイド性 モリアーチー教授 窃盗心理 ペルとランドルー 死刑と死刑囚 性的犯罪 無名の脅迫状 説教強盗管見 森の殺人其他

第十一巻 三面座談及タナトプシス

三面座談
予言 胎児 堕胎 屍体刑罰 放火盗人哲学 迷信による殺人 苦痛を求むる人 以下数項
不木軒夜話
探偵に応用したる最新科学 最も新らしみのある犯罪 偉人天才の性的生活 ヒステリーと犯罪 沙翁と夢遊病 大学教授停年制以下十数項
タナトプシス
タナトプシスとは 首斬人の歌 五右衛門と如軒 死にきれぬ死 切腹の手本 古代の自殺観 日本人の冥途旅行談 サン・ゼルマン伯 以下三十数項

第十二巻 文学随筆及書簡

文学随筆
うらなひ夜話 思ひ出 私の観た純文壇・芥川氏の自殺 探偵文芸の将来 江戸川氏と私 探偵小説管見 探偵読本 学位濫授とは? 探偵小説の味 文芸と早熟 以下二十数項
略年譜
著作年表
伝記書簡

(増巻の頁数は一冊約五百頁 定価は壱冊壱円です)


No.3 「小酒井不木全集 全十五巻」 ニユース
(『小酒井不木全集 第十二巻』昭和5年5月・第12回配本)

全集を完璧ならしめん爲に三冊増刊
   ○・・・・全十五巻

 本全集も白熱的の御声援のもとに茲に予定通りの全十二巻を発行するに至りました。弊社の歓ぞこれに越すものはなく、偏に読者諸氏の賜と深く鳴謝して居ります。
 さて、こゝに再度諸氏の御賛助を得たいと思ふことは、再度三冊を増刊し全十五巻として、この全集を完璧のものに致したいと思ふことであります。と申しますのは、これまで読者の方から講談社から発行されてゐる小説集「稀有の犯罪」が一冊全く除かれてゐるではないかと、度々御注意を受けてゐたのであります。然しこれは編輯同人に於て決して忘却してゐた訳でなく、不木先生生前の契約によつて、この版権を得ることが出来なかつたのでありますが、今般講談社は、この全集完成の意図を知られ、茲に快よく全集中に追加することを承諾されたのであります。
 それに、他の幾多の読者諸氏からも、何々が抜けてゐる、何といふ小説が落ちてゐる、といふ厳しい御叱責があり、いづれも編輯同人も同感のもとにて、たゞ冊数が不足のため拱手傍観するより術なく、涙をのんでゐた次第でありますが、今回三冊増刊と決定し、こゝに残部の小説、随筆その他未発表の原稿を隈なく掲載し、この全集をして、全集の名に恥しからぬものにしたいと、打算を他にして、こゝに決行したのであります。
 おそらくこの増刊三冊は諸氏の不木先生を偲ぶに、最もよい内容を備へてゐることゝ信じます。どうか諸氏もこの微衷を汲まれて、引続き御愛読の栄を賜らんことを切に希望してやみません。これ以上再度増刊することは絶対にありません。

○次回配本・・第十三巻
増刊三冊の内容
第十三巻 探偵小説短篇集
第十四巻 探偵小説集
第十五巻 闘病余談及断片

増刊三冊総内容(全十五巻)

第十三巻 探偵小説短篇集

○稀有の犯罪 ○犬神 ○三つの証拠 ○汽車の切符 ○胃の中の小刀 ○跳ね出す死人 ○紅蜘蛛の怪 ○狂女と犬 ○血の盃 ○名探偵 ○新案探偵法 ○手紙の詭計 ○外務大臣の死 ○催眠術戦 ○新聞紙の包 ○人工心臓 ○龍門党異聞(探偵劇) ○吉祥天女の像
少年科学探偵小説
○白痴の智慧(魚釣り、消えた証拠、科学的捕逮)
○紫外線(水銀石英燈、八十万円の頸飾、白昼の殺人)
○塵埃は語る(誘拐、偽電話、帰宅)
○玉振時計の秘密

第十四巻 探偵小説集

○好色破邪顕正 ○ふたりの犯人 ○烏を飼ふ女 ○躓く探偵 ○初往診 ○ひすゐの簪 ○卑怯な毒殺 ○偶然の成功 ○硬骨漢 ○分身の秘法 ○脅迫状 ○酩酊紳士 ○遂に鐘は鳴つた ○網膜現象 ○緑柱石の宝冠 ○蜀江の錦 ○無名の脅迫状 ○謎の咬傷 ○劇場の事変 ○指紋研究家 ○いたづら蟹 ○猫と村正 ○姐巳の殺人 ○刹那の錯誤 ○姙術魔 ○邂逅 ○二十年後 ○得意な容疑者 ○血友病 ○長生薬由来
ウヰリアムス原著
真夏の慘劇(翻訳長篇小説)

第十五巻 闘病余談及断片

闘病余談
○私の体験を通しての肺病療養法 ○肺病患者の夫婦生活 ○夏季の不快感 ○老衰の生理 ○肉体の不安 ○女性と早老 ○肺病と精神療法 ○一時間健康法 ○病弱の青年に与ふる書 ○疾病創造と遺伝物質の変化 ○受難を喜ぶ覚悟 ○其他数項
医談
○ヒツポクラテスとその後継者 ○双生児はどうして生れるか ○双生児の話 ○頭脳の体操 ○朴烈文子怪写真の医学的観察 ○蛙は医者の先生 ○其他十数項
犯罪随筆
○空想の毒薬 ○烏滸国、間引国、堕胎国 ○ぎくりとする話 ○医学的怪談 ○笑話と殺人 ○夜行列車の恐怖 ○森の殺人 ○自殺の心理 ○頭の畸形 ○其他十数項
少年教訓小説集 十篇
名古屋見物(戯作的紀行記)
附録
小酒井不木氏を憶ふ(諸名士執筆)
(増巻の頁数は一冊五百頁 定価は一冊壱円です)


No.4 「小酒井不木全集」 ニユース 第三号
(『小酒井不木全集 第十五巻』昭和5年8月・第15回配本)

補遺二冊発行に就て 江戸川乱歩

 小酒井氏の逝かれたのは、まだほんの最近の事のやうに思はれるが、指折つてみると、もう一年半近くにもなる。その筈である。全集がもう十五巻になつてゐる。最初の予定では八巻もあれば、代表的の物を大体入れ尽すことが出来るであらうと思つたのに、第一回配本の原稿を渡してのち、よく調べてみると、八巻どころか、十巻でも足らぬことが分つた。そんな事情で段々増冊して来たのであるが、読者の数は微動だにせず、依然として愛読されてゐるのを見て、大いに意を強うした。勿論、内容に不思議な魅力を持つてゐる点もあらうが、これは一に懸つて小酒井氏の人格の然らしむるところではなからうかと思つてゐる。私も全集が配達される度に、先づ繙いてみるがいつ知らず百頁も読み進んでゐることがある。非常に面白いも、面白いが、読む内に、何かしら智識を豊富にして行く。氏は生前常に『文章は第一に誰が読んでもよく分ること』を標榜してゐられたが、可なり難しい医学や哲学の問題でも、すらゝゝと読み得る。これは鳥渡出来得ない技である。第十五巻にはだいぶんさうしたものが入つてゐるが、いづれも甚だ読み易いこれは読者に対する親切の第一のものであらう。
 全集も愈々十五巻で完結の予定であつたが、まだあれが入つてゐない、これが入つてゐない、といふ読者からの註文もあるし、事実残して置くのは惜しい小説が随分あるので、二冊補遺として(但し装幀も同じ、第十六巻、第十七巻として)出すことになつた。またかと仰有る読者があるかも知れないが、こゝまで好意を寄せて下さつたのであるから、どうか続けて愛読して戴きたいと思ふ。これ以上増冊は如何なる名目に於てもしないし、またする必要もなくなつた。編輯同人の一人として、私から特にお願ひ申します。

補遺二冊の内容
第十六巻 探偵小説短篇集
第十七巻 探偵小説中篇集

―裏面参照―

補遺二冊総内容 全十七巻

第十六巻 探偵小説短篇集

劇場の事変 卑怯な毒殺 ふたりの犯人 分身の秘法 脅迫状 酩酊紳士 遂に鐘は鳴つた 網膜現象 硬骨漢 猫と村正 姐己の殺人 刹那の錯誤 血友病 偶然の成功 姙術魔
ドウーゼ作 生ける宝冠(探偵長篇小説)

第十七巻 探偵小説中篇集

烏を飼ふ女 得意な容疑者 邂逅 長生薬由来 躓く探偵 初往診 ひすゐの簪 五階の窓 吉祥天女の像
ドウーゼ作
スペードのキング(探偵中篇小説)
ローゼンハイン
乾板上の三人(同)

近刊予告

全集の姉妹篇
不木の全生活
『闘病術』実行篇


全集同装幀 約五百頁 定価一円 改造社発行

岡戸武平著
不木の闘病生活

 小酒井不木博士のこの世に遺した足跡は、吾々が考へる以上に大きかつた。探偵小説をしてあれだけの大衆を吸引し、かつ今日の如き探偵小説陣の確固たる城砦を築かしめたのは、氏の貢献に他ならない。しかし、より以上に大衆に向つて濟度したのは、かの「闘病術」であつた。だが、その著者は人生として、決して長くない齢四十にして鬼籍に入つた。何故に斯く唐突として去つたか? 「闘病術」の信者は一種の矛盾を感ずると共に、大きな不安に襲はれたことゝ思ふ。そして小酒井博士の実生活の如何なる様式であつたかを、知りたく思つた読者も尠くなかつたであらうと思ふ。本書は氏の闘病術的実生活を詳さに物語ると共に、氏の全豹を描かうとするものに他ならぬ。著者は小酒井博士の膝下に四年間の薫陶を受け、「闘病術」の序文にもある如く、同書の執筆に際しては氏の隻腕となつた人である。それのみでなく著者は長年病苦に悩み、闘病的精神をもつて、遂に健康を贏ち得た人。この人にして、はじめてこの書の現れる所以である。全集の愛読者は勿論広く「闘病術」の信仰者に一読を煩したい。


No.5 「小酒井不木全集」 ニユース 第四号
(『小酒井不木全集 第十七巻』昭和5年10月・第17回配本)

全集完成に際して 編輯同人

 顧れば昨年の四月、小酒井不木博士唐突として逝かれるや、全集発行の話は同時に二三の書肆より申込あり、遂に改造社より出版することゝなつたのであるが、茲に最終刊第十七巻を諸氏の机上に送ることを得るのは、光栄と深甚の感謝を感ぜずには居られない。
 巻を重ねること十七回、これを頁数にすれば八千五百余、原稿紙にすれば裕に一万五千枚を越える澎大なものとなつた。
 内容は探偵小説に科学に医学、人生のあらゆる必須なる知識を網羅してゐる。この全集こそ一家の人生百科辞典として備へ置くに唯一の書物であると断言するに憚らない。
「闘病術」が一度世に出づるや、世人は氏を目して、結核患者に対する日蓮だと評した。氏が日蓮であるならば「闘病術」は結核患者の法華経だとさへ叫んだ。「闘病術」に限らず如何なる作を読んだも、氏の人生を覗く峻厳な批評の眼が光つてゐる。いかに生くべきか、いかにより良く生くべきか――それは常に氏の脳裡を悩したことであつた。
 と共に氏は如何に文章を面白く書かんかと言ふ点に於ても非常な努力を払はれた。内容が如何に益すものであつても、読者が興味を持たず途中放擲するやうであれば何にもならない、と言ふのが氏の持論であつた。故に如何に哲学的のものであつても非常に読み易く解り易い。これは読者に対する親切第一のものであらうと思ふ。
 なほ第一巻に納めた「人生論及毒と毒殺」をはじめとして、既に絶版となつてゐる書も尠くない。それ等を複刻することに於ても有益であつたのに、茲に遺憾なく全著作を抱擁した全集を発行し得たことは、偏に愛読者諸兄の賜と深く鳴謝してゐる次第である。
 おそらく地下の故人も、この事業に就いては、ひそかに喜び且つ感謝してゐられる事だらうと思惟する。
 因に十一月下旬発行される処の全集の姉妹篇「不木の闘病生活」も共に同架に飾らんことを希望して止まない。

小酒井不木全集・総内容

第一巻 殺人論及毒と毒殺
第二巻 犯罪文学研究及西洋探偵譚
第三巻 探偵小説短篇集
第四巻 探偵小説長篇集
第五巻 闘病術及学者気質
第六巻 生命神秘論及不木軒随筆
第七巻 医談女談
第八巻 病間録及日記
第九巻 探偵小説中篇集
第十巻 趣味の探偵談
第十一巻 三面座談及タナトプシス
第十二巻 文学随筆及書簡
第十三巻 探偵小説短篇集
第十四巻 探偵小説集
第十五巻 闘病余録及断片
第十六巻 探偵小説短篇集
第十七巻 探偵小説中篇集(完結)

近刊予告

全集の姉妹篇
不木の全生活
『闘病術』実行篇


{全集同装幀 約五百頁 定価一円}

岡戸武平著
不木の闘病生活

 小酒井不木博士のこの世に遺した足跡は、吾々が考へる以上に大きかつた。探偵小説をしてあれだけの大衆を吸引し、かつ今日の如き探偵小説陣の確固たる城砦を築かしめたのは、氏の貢献に他ならない。しかしより以上に大衆に向つて濟度したのは、かの「闘病術」であつた。だが、その著者は人生として、決して長くない齢四十にして鬼籍に入つた。何故に斯く唐突として去つたか? 「闘病術」の信者は一種の矛盾を感ずると共に、大きな不安に襲はれたことは、想像するに難くない。そして小酒井博士の実生活の如何なる様式であつたかを知りたく思つた読者も尠くなかつたであらうと思ふ。
 本書は氏の闘病術的実生活を具さに物語ると共に、氏の全豹を描かうとするものに他ならぬ。著者は小酒井博士の膝下に四年間の薫陶を受け、「闘病術」の序文にもある如く、同書の執筆に際しては氏の隻腕となつた人である。それのみでなく著者は長年病苦に悩み、闘病的精神をもつて、遂に健康を贏ち得た人、この人にして、はじめてこの書の現れる所以である。全集の愛読者は勿論広く「闘病術」の信仰者に一読を煩したい。