冬の夜
冬の夜を職業婦人などの来て
霜夜
那須茂竹氏が令息を先だてられしに
宛知らで君が名を書く霜夜哉
寒さ
三畳に天下論ずる寒さかな
傾城の首かたむけし寒さかな
内陣に行き交ふ袈裟の寒さ哉
冬陽
冬の陽や一つ一つの小石影
冬の陽や電車の走る影黒く
時雨
孤児たちの唄ほそゞゝ(※1)と時雨けり
浪人となりてひもじき時雨かな
薮中は誰ぞ時雨れていそがしき
冬の雨
冬雨や舗石にうつる高足駄
木枯
夕近く木枯色をかへにけり
木枯や巾着落ちてある街道
木枯や酒買ひにゆく五年生
木枯や縁板しなふ御下宿
霰
前掛にうけし霰を見せにけり
霜
初霜や腰に癖ある大原女
雪
遠山の雪にとゞけと石投げつ
赤ん坊は癒えたり山は雪持ちて
冬の月
落語家の俥や木戸の冬の月
寒月
寒月や影いかめしき門構
寒月のたまゝゝ(※2)雲にあひにけり
寒月や国宝たもつ寺の屋根
丑時詣
寒月や松をかゝへて呪ひ釘
枯田
寺酒の百姓衆や枯田道
炉開
炉開きや姉からとゞく見舞状
炭
かた炭の尼にはねたる寒夜哉
火燵
とりよせて見る新聞や置火燵
冬籠
鼠さへ来ぬ夜ありけり冬籠
襟巻
襟巻の黒きが似合ふ女かな
火事
走り出て櫓絵に見る大火かな
火事跡に雪の積みたる月夜哉
猪狩
猪狩やつはものどもの息づかひ
鴨鍋
鴨鍋やつゝましやかに隣の子
雪達磨
雪達磨なるらん児等のかしましき
寒詣
星一つ西にすべりぬ寒詣
御取越
つれあひの今年はあらで御取越
帰り花
夕鳥や障子あくれば帰り花
枯蔦
蔦枯れて読み得たりける碑文哉
大根
尼寺に抱きこまれし大根かな
(※1)原文の踊り字は「ぐ」。
(※2)原文の踊り字は「く」。
底本:『不木句集』(私家版・昭和4年5月刊行)
【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1929(昭和4)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」
(リニューアル公開:2008年1月1日 最終更新:2008年1月1日)