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五月

新妻の袖ちらつくや五月畑

梅雨

梅雨晴や煙吐き出す排水機

白はえや酒倉ならぶ向河岸

神主の砂浜わたる暑さかな

板塀の黒あつくるし上屋敷

照りかへす硝子のかげの暑さ哉

神苑に涼しき杉をあふぎけり

涼しさは木の間の富士の裸かな

絵草紙の風に吹かるゝ涼しさよ

涼しさに寝かねし唄や門の月

短夜

短夜や水郷いそぐ旅の人

夏深し

家々は畠を持ちて夏深し

秋近し

硝子戸の松のかげりや秋近し

薫風

薫風や児等かたまりて橋の上

薫風や傘干しながら通る橋

青嵐

鍵を待つ宝物殿や青嵐

五月雨

五月雨や閾にはなつく蛇の目傘

遠雷やものうく暮るゝ四五ヶ村

垂れさがる蜘蛛たゆたふや遠雷す

夕立

夕立や三味線かつぐ旅芸人

雲の峰

三階の横にあふぐや雲の峰

軍港の上にならぶや雲の峰

夏の月

湯上りや山からのぞく夏の月

長男に生れて白し夏の月

夏の空

雲みだれ山もみだれて夏の空

夏の雲

夏雲や火を噴く島の暮れんとす

夏の風

ふる郷に脚気癒えたり夏の風

夏の雨

大原や八瀬やけぶりて夏の雨

夏の海

夕近く鳴り出だしけり夏の海

夏の水

うは言のやうに舟打つ夏の水

夏の山

北齋の首ひんまげて夏の富士

青田

嫁入の荷も吹かるゝや青田風

見渡せば青田人なし汽車の去る

清水

あみ笠をとる暇もなき清水哉

更衣

甲高く鶏なきぬころもがへ

衣がへ帯に子猫のざれかゝる

早乙女

早乙女の戻れば雨のつのりけり

蚊遣火

蚊遣火や四五人去りし鬼談会

草笛

草笛や恋の二人を動かす

天瓜粉

潮風や父も手伝ふ天瓜粉

編笠

編笠をひよいとかぶせて囃しけり

紫に山は晴れたり加茂祭

いさましく児等のりこみぬ夏の宮

時鳥

駒形やふりかへりみる時鳥

時鳥寂光院と申しけり

時鳥今日から機にとりかゝる

金魚

暮れのこる軒に忙しき金魚哉

朝庭やセルに見つけし蟻一ツ

俳論の尽きず薮蚊を叩きけり

蝉鳴くや面小手捨てし芝の上

悲しさは皆仰向きし蛍かな

蝸牛

浮びたる木の葉の上や蝸牛

蜥蜴

紫の蜥蜴逃げたり石の塀

若葉

だしぬけに若葉屋敷の謡かな

鋼鉄をつくる工場の若葉かな

濡猫の軒這ふ雨後の若葉かな

すかし見る朱廊の奥の若葉哉

乳離れのやうゝゝ(※1)寝たり青葉宿

茂り

人形を抱く姉妹や庭茂る

桐の華

故郷や母の背中に桐のはな

軍服をぬぎて出づれば桐の華

月見草

熱海路は浪音低し月見草

(※1)原文の踊り字は「く」。

底本:『不木句集』(私家版・昭和4年5月刊行)

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1929(昭和4)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(リニューアル公開:2008年1月1日 最終更新:2008年1月1日)