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春 附 新年

初陽

恭しく雲整ひて初陽かな

初東風

初東風や乳母すこやかに箸をとる

もしゝゝ(※1)と唱ふ子供や春の森

成金の噂もありて村の春

その果に古城見えたり牧の春

断髪の女短かし庭の春

靴の紐春の芝生に解けてけり

出揃ひて僧の餌をやる池の春

余寒

ねころびて読むには早き余寒哉

春日

うれしさのそこはかとなき春日哉

長閑

草長閑妻一と日待つ門の柵(偶作回文)

日永

眠たさを猫もつきあふ日永哉

春宵

春宵や畳をすべる猩々緋

千金の子の惜しみけり春の宵

願かける娘に鐘鳴るや宵の春

春夜

春の夜や襖に書いた狐つき

暮春

公園の灯の赤々と春はゆく

徂く春の道きく旅の法師かな

ゆく春を亡命客と語りけり

寝不足の髢おもたし春の徂く

春陽

母の手の剃刀にさす春陽かな

鋏持つ手の皺照らす春陽かな

一雨は藪にのこりて春陽かな

春の雲

春の雲しばらく北にうづくまる

春風

春風やところゞゝゝ(※2)の家普請

緋の旗の千石船や春の風

春風やごとりゝゝゝ(※3)と行く車

春風や夫婦して塗る塀の板

春風や額朽ちかゝる草の庵

春風や八百屋お七の絵看板

乳母も来てお嫁ごつこや春の風

春風や犬に物いふ縁の先

軒並に娘のありて春の風

春風や酒倉建てる木遣歌

陽炎

陽炎や芝生に小さき忘れ草履

陽炎や笑ふごとくに鬼瓦

朧月

ぬき足の背戸をあくれば朧月

春雨

両国に大蛇つきたり春の雨

春雨に光れる鉢を入れにけり

水温む

読みかけし八犬伝や水ぬるむ

青い眼の人形も来て雛まつり

草餅

草餅に姉のいれ歯の光りけり

摘草

花嫁もまじりて草を摘みにけり

春愁

春愁やかきむしりたき帯の下

鶯の隣まで来て去りにけり

囀やからかささげて戻る人

燕やひる過ぎからの小糠雨

酒つくる僧おどろかす蛙かな

芽柳や縁に爪剪る洗ひ髪

椿

   小山内氏追悼
こぼしたる水のにじみや落椿

花蔭に島田の鬘なほしけり

花の坂肥満の友とのぼりけり

小坊主も来てくるひける花見哉

花片を蟹横着にはさみけり

写生する児の首せはし花の散る

花散るや温泉宿の旗あかし

花散るや乳母腰かける阿弥陀堂

拝殿にぬかづく巫女や花吹雪

山吹

山吹のつゝましやかにつゝじ山

手品師も来てあふぎけり藤の花

土筆

裏畑に土筆いつしかひよろ長き

蒲公英

蒲公英や人魂出るときく屋敷

菜の花

菜の花や一やすみして牛車

(※1)原文の踊り字は「く」。
(※2)原文の踊り字は「ぐ」。
(※3)原文の踊り字は「く」。

底本:『不木句集』(私家版・昭和4年5月刊行)

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1929(昭和4)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」

(リニューアル公開:2008年1月1日 最終更新:2008年1月1日)