井戸掘る櫓をちこちの春
木遣甚句の調子よき春
心中の記事に気のはづむ春
梅見にくぐる赤塗の門
糸でつけよとせがむ三郎(椿の絵に)
蝮出さうな茂りなりけり
拝殿で喰ふ雨乞の人(西瓜の絵に)
蛭におどろくお手伝ひの娘
額の汗をこする二の腕
蚊帳から抜けてほつとため息
汽車のとほりしあとを鳴く雁
襦袢の襟に蝗とびつく
木賊刈る手に戯るゝ犬
花咲爺をやとひたき冬
見たことなしに誰が年知る(亀の絵に)
赤い襷が豆腐屋をよぶ
知らねば雲もおそろしからず
狐ごつこをして遊ぶ児等
かゝぐべきもの簾のみにて
白帆が一ツ暮れのこる海
テープのあたり口ばかりなり
口より冴えた羽織投げる手
義歯のせてある鏡台の隅
ともし油を下戸買ひにゆく
金策尽きて床に眼をやる
卵の殻に親の顔かく
底本:『不木句集』(私家版・昭和4年5月刊行)
【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆作品明細 1929(昭和4)年」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(評論・随筆の部)」
(リニューアル公開:2008年1月1日 最終更新:2008年1月1日)