小酒井不木
英国にゐた頃、ニユーカスルに衛生学会が開かれ、私と友人Yとが日本委員となつて出席することになつた。私はYにすゝめて、なるべく正装した方がよい。英国は礼儀を重んずる国である。ことに医者の集まる会だからせめて、君一人なりともシルク、ハツトをかぶつて行つてくれ、僕はないから止むを得ぬが、といつた。Yはもとよりそのつもりであつたから、当日シルク、ハツトにモーニング姿で堂々と乗りこんだ。ところがどうだらう幾百人のうち、シルク、ハツトはY一人。礼儀を重んずる英国人が、じろゝゝながめた。
底本:「随筆」昭和2年8月号(筆写)