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「陰獣」の印象

 

 小酒井不木

 六月初めから、腰痛に悩まされて廃筆のやむなきに至つた。仰向いて寝て居りさへすれば痛みもなく常の通りであるが、筆を執りにかゝると十分たゝぬうちに左の腎臓部が猛烈に痛み出し、不愉快な憂鬱感が全身に漲つて来る。ために昨今では書きたいといふ欲望すら薄らいでしまつた。十月の本格探偵小説号には是非仲間入りをさして頂かうと思ひながら、発熱さへ加はつて、つい申し訳のないことをしてしまつた。
 こんな訳で、新青年に掲載される探偵小説さへ読まないのが大部分であるが、たつた一つ「陰獣」だけは、雑誌が待ち遠しかつた。三回に切られたのを恨んだりした。さうしてこの名作を読んだお蔭で、一層他の小説を読む気がしなくなつた。事実十月号の創作探偵小説を拾ひ読んで見たのだが、折角「陰獣」で受けた楽しみを削られる思ひがするだけであつた。
 実を言ふと、日本の創作探偵小説のあまり振はぬ現状と、その中へ王者の如く飛び出した「陰獣」について、猛獣的な批評を試みたいといふ気が、脳味噌の一隅にたしかに存在して居るのだが、何分腰の痛みが去らないでは、実行は不可能である。それに「陰獣」に対しては、諸家の批評が同時に掲載される筈であるし、多分、どなたも私と同じ印象を与へられたことであらうと思ふから、こんなくだらないことを書いて責を塞がせてもらふことにした。

 

底本:「新青年」昭和3年11月号