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日記

大正七年

十一月一日(金)
 快晴、昨夜電報にて中野氏所着を知り今朝十時ビルトモノアホテルを訪ひ久し振の対面に談つきず、永井参事官とも語りて追懐の念に咽ぶ。家よりのことづけなど聞きて嬉し。手巾(ハンケチ)及絵葉書のあつらへものあり。昼はランチにて食し、後 Brown Brothers & Comp. に共に行き伊藤金二君をたづね夜はビルトモノアに食事し別る。
   受 田村利雄(かづを)(※1)、高木繁、小柳美三

十一月二日(土)
 快晴、午後中野氏を訪ふ。後セントラルパークを散歩し、『朝日』に伊藤金二君と会して牛肉をひきづる。後ビルトモノアに帰り語る。
   発 久枝、鶴見父、永井先生、田村、田村(千)、柴田保、五十嵐玲

十一月三日(日)
 午後天野兄を訪ぬ。リバーサイド・グランド将軍の墓及びコロンビア大学等を見る。後余が家に伴ひマルセーユにて夕食を伴にす。

十一月四日(月)
 午前 Dr. Coca を ortho. Hosp. に訪ひ種々語る。セーラムヂヂーズに就いてやつて見てとの事に快諾す。これを終りて来年の中頃には渡欧する旨を語る。夕方中野氏とプロにつき大にまよふ。遂に、但し成功す。
   受 小柳、永井、新聞(藤浪)、鶴見父

十一月五日(火)
 午後中野兄を訪ひ夕方日本倶楽部に来る。伊藤金二君などゝ会合す。土曜日に会する旨を約し、後小栗氏を訪ひ二人して松尾兄を訪ふ。一〇三丁目にてフアツチーを見る。
   受 娯楽世界(田村)、新聞(鶴見)

十一月六日(水)
 午後中野兄と共に東洋汽船、移民部、三井物産等に行く。夜、中野兄とコロンビアにバアレスクを見る。
   受 佐藤彰、宮崎巌之助、和田徳次郎
   発 佐藤彰、岡田清三郎

十一月七日(木)
 今日独逸降伏の報ありて街上人の渦巻をなす。但しそれは虚報なりき。中野兄と共に群衆を押しわけてフイフスアベニユーやブロードウエーを散歩す。後別れて松尾君を訪ひしに不在なりき。
   受 柴田萬吉
   発 丸井清泰

十一月八日(金)
 晴、中野兄を訪ふ。午前 Dr,(※2) Coca の許に至り研究の結果なる表を示して色々話しあふ。夕方、中野兄と共にブロードウエーシアーターにチヤーリーチヤツプリンのシヨルダーアームスを見る。新作にて面白し。夜、松尾君を訪ふ。
   受 林亥之助、清水由隆
   発 林亥之助

十一月九日(土)
 夜雨、中野兄と共に散歩す。その前ナイシーラーへ行きて用向をすます。夜河添にて金、伊藤、と四人親睦会を開く。後、伊藤君と共に雨降る中を百四十一丁目に行き半黒にあひてエキサイ(※3)す。あまり長くアブせし結果なり。

十一月十日(日)
 晴、午前十時永井氏より電話ありて松尾君を依頼して節子さんの病気を見て貰ひし旨の通知あり。よつて直ちにかけつけ松尾君にあひ語る。さほど大したることなしといふ。午後松尾君と中央公園を散歩せり。夕方中野、伊藤両君と大いに語る。(ビルトモアにて)

十一月十一日(月)
 晴、独逸愈々休戦条約を承諾しカイザー位を捨てて和蘭に逃げ、愈々戦争終結となり街上歓呼の声に満つ。ルーシスに行き中野兄を訪ふ。少し腸をいためられしといふ。夕方辞して百四十一丁目にメーに逢ふ。愉快極まりなし。
 時勢の力の如何に大なることよ。チユートン民族の悲惨なる運命、嗚呼、血湧き肉躍るわが東洋民族の消長を考へ及ぶとき我等の任務の如何ばかり大なる。あゝ勉めむ哉。
   受 丸井清泰、石田昇
   発 石田昇

十一月十二日(火)
 午前ルノミス・ラボラトリーに行きハツチヤー氏に借りて居たベツクマンを返却す。留守中氏家氏の来訪あり。夜中野氏とヒツポヅロームを見る。
   受 佐藤彰、久枝、熊谷貸蔵、古畑、碓居龍太、藤浪剛一(中外)、藤浪(新聞)
   発 清水由隆、碓居龍太、久枝

十一月十三日(水)
 曇小雨、午前十一時中野兄を訪ひ、十二時紐育を発し、午後六時ボストン着、ホテルユーナイテツドステーツに宿を取る。旧式にて不便なり。夜街路を散歩す。

十一月十四日(木)
 曇(、)(※4)十一時宿を出でホテルツーレンにかわる。後、自動車を雇ひてフランクリンパークに行き、その前ステートハウスを見、後アートチゼウムに来りて浮世絵を見る。夜活動写真にてチヤツプリン及びマダムペトローバを見る。
   発 永井先生、林先生、松尾(※5)、長與、緒方、横手、三田、田村、生理教室、福原総長、井上学長、青木業心、藤浪由之、同剛一、柴田萬吉、碓居龍太、小畑、古畑、鶴見、久枝、丸井、松本、永井松三

十一月十五日(金)
 晴、朝十時に起き図書館を見る。後、電車にてハーヴアード大学を見る。タキシーを雇ひて走らせて見る。運動場などを走り廻る。午食の後、バンカー、ヒルにタキシーを走らす。先づこれにてボストンの名所の大略を見終りたるわけなり。

十一月十六日(土)
 晴、朝早く起きるつもりのが、出来なくて夕方出かけることにした。美術館に今一度行き、余はハーヴアードの医科を見て帰り、午後四時四十五分発の寝台車に投ず。

十一月十七日(日)
 曇、小雨、朝七時バツフアローに着き、八時ナイヤガラ行に乗る。八時五十分着す。車中鶴氏と一緒になり三人して滝を見、ベルトラインに乗じて一(※6)す。滝の荘厳はたゞ自分の記憶に蔵し置くべし、夜バフ(※7)アローに帰りホテルステートラーに泊す。
   発 久枝(続共)父上、永井先生、柴田、鈴置、松尾(※8)

十一月十八日(月)
 朝十一時の汽車に投じ、午後九時紐育に着す。永井松三氏ビルトモアホテルに訪ふ。節子さんの病気快復を同慶す。後、中野氏をホテルマルセーユに案内し、無事帰宅す。
   受 山上熊次郎、藤浪剛一(日本一)、安藤秀三、久保田清光

十一月十九日(火)
 晴小雨、午前マルセーユ滞在中なる中野君を訪ひ二人してビルトモノアの永井氏を訪ひぬ。夜一人してチヤツプリンを見る。
   発 木澤先生、柴田萬吉、山上熊次郎、田村利雄(としお)

十一月二十日(水)
 晴、午前中家に居て読書す。午後中野さんを訪ふ。夜支那飯を共にして日本倶楽部に一寸立寄つて帰る。
   発 五十嵐直三、犬養六郎(三枚)、中島琢之、日比野先生、井口正周、前田珍男子(うづひこ)

十一月二十一日(木)
 晴、午前 Acad. of med. にて色々雑誌を読む。あさ早く勉強に取かゝりたし。夕方、中野、伊藤金二君と三人して日本倶楽部に夕食を共にす。

十一月二十二日(金)
 朝永井氏より電話かゝる。中野氏を訪ひ共にビルトモアに行き、領事館、英国領事館、船会社等に行く。夜行にてワシントンに旅立つ。

十一月二十三日(土)
 晴、早朝ワシントンに着(、)(※9)直ちに相生旅館に行き、後、大使館を訪ふ。ホワイトハウスを見、国会議事堂を見て食事を堂内に取り午後一時発マウントヴアーノン行の電車に(たふ)じてワシントンの居に古(ふるき)を偲び夜帰り来つて疲れし足をスチーム貧弱なる一室に寝に就く。
   発 Dr. Coca (マウントヴアーノンより)

十一月二十四日(日)
 晴、午前ワシントンモニユメントを見、サイトシーイングカーに搭じ、昼食後図書館を訪ひ、午後タキシーのドライヴにリンカーンの墓の出来んとするを見、後リンカーン修養の家を訪ふ。午後五時発八時フイラデルフイアに着しホテル ベルビユー ストラトフオードに泊す。夜ベツトバツグの襲来には驚きたり。

十一月二十五日(月)
 晴、午前インデペンデントホールを見る。コレグレスホール・カーペンタースホール何れもアメリカ独立の由緒を見て昼食し、中野氏はタキシーに乗じてフエーアマウントパークの見物に出かけ、余はリリアンを訪ふ。後辞してホテルに中野氏と落合ひ中野氏を伴ひてリリアンの家に行き、八時の汽車に乗じ紐育に帰る。

十一月二十六日(火)
 晴、寒し。午前十時中野氏を訪ひ、英国領事館に旅券を取りホワイトスターライン及東洋汽船に行き銀行に行き、後別れて余はアイルランドに行きて佐藤兄の注文の服をオーダーし、夕食は河添に行き松尾兄を待てども来らず、同君の家を訪へども不在なり。
   発 横浜正金銀行
   受 佐藤氏書留(一千円)、清水由隆

十一月二十七日(水)
 晴、午前 Ortho paed ic(※10) に行く。 Dr. Coca 不在、午後 Acad. of med. 書見して Dr. Coca に偶然邂逅す。色々語り午後の仕事の問題を望む。夜は朝日にて食し、伊藤三千夫氏に逢ひて大いに語る。留守に松尾君、安藤君、額田君来る。

十一月二十八日(木)
 Thanks giving day 也。午前清水由隆氏来る。額田君をアンスランドホテルに訪ふ。尾崎君と共也。夕食は安藤、辰野君と共也。
   受 父上
   発 久枝

十一月二十九日(金)
 晴、ルーシスに働く。夕方河添に行き、松尾兄に逢ひ、夜遅くまで同氏の許に語る。午前安藤君と共にナイシーラーに行く。
   受 碓居氏(医学医政)、新聞、絵葉書(文展)、長尾藻城二枚、佐藤彰、娯楽世界(田村)

十一月三十日(土)
 ルーシスに働く。夜中野、金二君とコンビアに行く。
   受 永井先生(写真)

(※1)振り仮名原文ママ。他の箇所では「としお」とされている。
(※2)原文ママ。「.」の誤植。
(※3)原文ママ。「ト」の誤植。
(※4)原文は一字空白で句読点なし。
(※5)(※8)山冠に「品」。
(※6)原文ママ。「周」の誤植。
(※7)原文ママ。
(※9)原文句読点なし。
(※10)単語内のスペースは原文ママ。

底本:『小酒井不木全集 第八巻』(改造社・昭和4年12月30日発行)

【書誌データ】 → 「小酒井不木随筆集成(昭和4年)」
【著作リスト】 → 「雑誌別 小酒井不木著作目録(随筆の部)」

(公開:2005年3月18日 / 最終更新:2005年3月18日)