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にせてがみ

 小酒井不木

 むかし、しろのくにと、あかのくにとが、せんさうをしました。よくのふかいしろのくにが、あかのくにをとつてしまはうとしたのです。二つのくにのとなりに、あをのくにがありました。はじめは、どちらにもつかずにゐましたが、そのうちに、あかのくにが、まけさうになりましたので、あをのくにのわうさまは、大へんきのどくにおもひ、「おのぞみならばかせいをしますから、いまあなたのくにのぐんぜいがどれだけあるか、また、ひやうらうはどれだけあるか、そのほか、いくさのやりかたのことなどを、くはしくしらせてもらひたい。」といふ手がみをつかひにもたせて、あかのくにのわうさまをたづねさせました。
 あかのくにのわうさまは、大へんによろこんで、大じんたちとさうだんし、こちらのもやうをくはしくへんじして、かせいをねがふことにきめました。すると、あかのくにで一ばんちゑのある大じんが、わうさまのまへにすすみでました。
「わうさまにまうし上げます。いまこのくににはてきこくのかんじやがたくさん入りこんでをりますから、もし、こちらのもやうをかいた手がみがてきこくの手にはいつたならば、それこそ大へんで、すぐにまけてしまひますから、私がつかひの見はりやくをして、あをのくにまでまゐらうとおもひます。」
 かういつてから、わうさまの耳もとに口をよせて、なにごとかをささやきますと、わうさまはにつこりおわらひになつて、さうしてへんじの手がみをおかきになりました。
 そこでそのへんじを、あをのくにのつかひにもたせ、大じんがついて出かけました。二人ともひやくしやうにへんさうしてをりましたので、そんな、たいせつなやくめをもつた人たちだとはおもへませんでした。ところが、あかのくにのおしろのなかに入りこんでゐたしろのくにのかんじやは、はやくもこのことをくはしくしろのくにのわうさまにしらせてやりました。そこで、しろのくにのわうさまは、大じんたちとさうだんして、なんとかしてその手がみを手に入れたいものだと、いろいろくふうをめぐらしました。
 あかのくにとあをのくにとのさかひには、山があつて、たうげに一けんのおちややがあります。たび人はだれでもそこでやすみますから、そのちやみせのおばあさんにおかねをやつて、あをのくにのつかひとあかのくにの大じんとにねむりぐすりのはいつたおちやをのませ、二人のねむつてゐるあひだに、つかひのもつてゐる手がみをぬすみ、にせの手がみをあとにのこしてくるといふこんなけいりやくを、しろのくにでは立てたのであります。
 そんなこととは、ゆめにもしらず、ひやくしやうのなりをした二人は、たうげにさしかかりました。それは、なつのあつい日のことでしたから、二人はちやみせにやすむことにしました。
 おばあさんのだしたおちやをここちよささうにのんで、せみのこゑにきき入つてゐるうちに、二人はふかいねむりにおちました。するとちやみせの中にかくれてゐたしろのくにのぶしは、あをのくにのつかひのふところをさぐつて、たいせつな手がみをぬすみ、そのかはりににせの手がみを入れて、一もくさんににげて行きました。
 よほどじかんがすぎてから、二人は、ちやみせのおばあさんによばれて、はつとして、目をさましました。つかひはおどろいて、ふところに手を入れて見ました。が、手がみがちやんとありましたので、二人はあんしんしてしゆつぱつし、ほどなくあをのくにのしろにつきました。
 二人は、さつそくあをのくにのわうさまに、おめにかかり、あかのくにのわうさまのへんじをさしだしました。わうさまが、手がみをひらいてごらんになると、おどろいたことには、ただしろいかみがはいつてゐるだけです。
「これは、一たいどうしたことだ。」
 びつくりして、わうさまはつかひにおたづねになりました。すると、そばにゐたあかのくにの大じんが、かうおこたへしました。
「あまりおあつかつたので、私どもは、たうげのおちややでやすんだのでございます。そのとき、おばあさんのだしたおちやのあぢがすこしへんでございましたから、私はのむふりだけしてすてましたが、この人はしらずにのんで、すぐねむつてしまひました。そこで私も、これはなにか、てきがけいりやくをしたのだらうとおもつてよこになつてねむつたふりをしてをりました。すると、おもつたとほり、一人のぶしがきて、この人のふところの手がみを、そのしろいかみの手がみと、すりかへて行つたのでございます。」
「それならば、なぜあなたはそれをとめなかつたのだ。」
 わうさまはおたづねになりました。
「とめるどころか、じつはあの手がみをてきの手につかませてやりたいとおもつてゐたのでございます。」
「それはまた、どういふわけで。」
「じつは、てきのかんじやが、私どものことをじぶんのくににしらせるかもしれぬとおもひましたので、わうさまにひそかにまうし上げてでたらめの手がみをかいてこの人にわたしていただいたのでございます。ぐんぜいのことも、ひやうらうのことも、さくせんのことも、みんないいかげんのことがかいてありましたから、いまごろてきは、それをほんたうのことにしてせんさうのけいりやくをしてゐるだらうとぞんじます。」
「すると、あかのくにのわうさまの、ほんたうのごへんじは?」
「はじめから、私がもつてまゐりました。」
 かういつて大じんはふところのおくのはうから一本の手がみをだしてわうさまにわたしました。
 わうさまは大じんのようじんぶかいのに大へんかんしんなさいました。
 それからあをのくには、あかのくににかせいして、しろのくにとたたかひました。にせの手がみをほんたうだとおもつたしろのくには、けいりやくがすつかりくひちがつて、さんざんにまけてしまひました。

底本:『小学生全集 第一巻 幼年童話集(上)』(文芸春秋社/興文社・昭和2年7月20日発行)。筆写した原稿を基に翻刻。(筆写協力、阿部弓子)