『読売新聞』 明治42年10月6日
『ムラサキ』 明治43年11月号
それに、未だ未製品ではあろうが、物集芳子の作物は大に注目すべき点がある、流石は漱石門下の秀才丈けあつて、辞句の使ひ振りも練れて居るし、会話もサクサクして居る、一寸空想に囚はれはしまいかといふ気がゝりもあるが、その落想は多く実在の根底を有して居る事象の、不自然ならざる発展であるから面白い。趣味に出た「生家」などは他の女流作家の一寸企て能はぬ味があつた。令妹の和子女史も小説を書かれ頗上手だとの事であるが未だ読だ事がない。兎に角。芳子は文壇に於て最も注目すべき女流作家の一人であろう。
『新らしき女』 大正2年1月16日発行 聚精堂
今から三年前の夏、姉妹の閨秀文学家として、都下の新聞の喧伝した二人があつた。文学博士物集高見氏の令嬢で、姉は芳子といつて二十四、妹は和子といつて二十二。長谷川二葉亭門下の双璧として、才媛の噂が高いとあつた。虫ばんだ古典に埋もれてる博士の家庭から新しい文芸に憧憬する姉妹の現はれたことを、奇蹟ででもあるやうに語り伝へたものである。その後二人の創作は『新小説』などに、一二度発表され、新聞の批評などにものぼつた。
やがて、例の青鞜が発刊された。そして文壇は艶つぽい目を光らせたのであるが、その発行所は、実に本郷区千駄木林町の博士邸であつた。
それは、三号雑誌と思ひの外、トニカク今でも毎月一回一日に、本屋の店頭へ並べられてゐる。が、物集博士の令嬢は、姉の芳子女史は、その後間もなく外交官某に嫁いて、ペンを棄て、新郎新婦は四月末に手を携へて愉しい洋行の途にのぼり、妹の和子女史のみ、まだ家庭にのこつて、時折、新作を公にした。が、この三月からは、その発行所も蓬莱町のある寺院に名義が変り、和子女史も表面手をひくことゝなつた。博士夫人の逝去のため、家事が忙しくなつたとの理由だそうだが、やはり、原稿紙に老嬢（オールドミス）の悪臭を擦りつけることが、博士の令嬢として許されぬ事であつたに違ひない。和子女史も、今年は二十五歳である。
高見博士は、当今のエビ茶が蛇よりも嫌ひなので令嬢も女学校生活はあまりやらない。芳子女史は、お茶の水、和子女史は跡見へ、しばらく通つたが、いづれも半途で退学し、その後は家庭にあつて、イギリス語を藤生貞子女史に、俳句を坂本四方太氏に、その外、花も茶も師匠を招いた。二人の姉君などは、下田歌子女子のお弟子で、それは、スツカリもう歌子第二世であるとやら。
二葉亭の歿後は、二人とも夏目漱石氏に入門した。尤も、風葉や花袋は好きでもあり、偉くもあるが、入門するのは、チト困るといふ令兄高量氏の意見で、漱石氏を選んだのである。和子女史に言はせると、『長谷川先生は御深切な、同時にまた怖い方でした。』
『荷風全集』（岩波書店・平成5年10月28日発行）より引用
（※1）
・八月廿五日。くもりて俄に涼し。午後物集芳子来りて面会を求む。上田未亡人の紹介状を持参したれば面会す。此婦人は高（※2）倉燁子と云ふ匿名にて探偵小説を出版するにつき序文を草せられたしといふ。燈刻銀座風月堂に■（※3）して後鼎家に往く。自働車の中に携へ持ちたる風呂敷包を忘れたり。包の中に実印及手帳あり。大に困却したれど如何ともすべからず。徒に老耄の至れるを歎ずるのみ。帰宅後物集高（※4）子小説集の序を草す。左の如し。
わたくしはこの書の著者のいかなる人であるかを知らない。著者はわたくしの畏敬する一友人の紹介状を携へてわたくしを訪問せられた。そして既に印刷に取りかゝつてゐる此書を示して、わたくしの序文を需められた。わたくしの友はどういふわけで此の著者をわたくしに紹介したのかそれはわたくしの知るところでない。著者ハまたどういふわけで、わたくしに序を求められるのか、それも亦わたくしの知り得ぬところである。わたくしは其著者をも知らず、また其著作をも知らない書物について、其序をつくるべき道を知らないと荅へて辞退した。然し著者はこれを許さない。已むことを得ずわたくしはこゝに無用の数語を拈出した。著者ハこのやうな無用の序詞を取つてその著書の初に載せられるや否や、わたくしはこれを知らない。わたくしは唯わたくしのいかに困卻したかを記して申訳にするのである。荷風老人。
（※1）昭和9年。
（※2）原文ママ。
（※3）「食」に「卞」。
（※4）原文ママ。
『文芸春秋オール読物号』 昭和9年9月号
○自信を以て世に紹介する「妖影」の作者大倉燁子氏は怪奇小説に一新生面を拓かんとする新進の閨秀作家。こうした方面に於ける本誌の努力を認められ度い。
『文芸春秋オール読物号』 昭和9年10月号
新進の大倉燁子氏の「妖影」は中々新人とは思へない出来、ストリーも良く将来が期待される。
『文芸春秋オール読物号』 昭和9年10月号
「野ざらし宿」、「妖影」、「Ｕボートの活躍」、「覆面の佳人」等も大好きです。
『文芸春秋オール読物号』 昭和9年11月号
○「妖影」に依て花々しくデヴユウした大倉燁子氏独自の境地を掘り下げてものした珠玉篇「消へた霊媒女」、（中略）大衆文学に新生命を開いたもの。
『読売新聞』 昭和10年2月20日 第11面
（前略）
書中収むるところ創作『消えたミヂアム』以下短篇七種、他に翻訳『妖怪の塔』『氷原の処女』の二篇を添へてあるが、このうち『踊る影絵』と『消えたミヂアム』の二篇はまさに珠玉の如き光を放つてゐる。また翻訳『妖怪の塔』の如きはこの作者の胸奥に通ふサンチマン又はエスプリーと全く相共鳴するところのもので、到底翻訳とは思はれない程のうま味を見せてゐる。
そもゝゝ探偵小説といふものは複雑した事件の幻怪味と、それを裏づける纏綿たる人間的情味と、その謎を解決して行く犀利な心眼乃至は科学的理智とから構成さるゝものであり、これまで探偵小説を作る上に於て女の作家が男子に一■（※1）を輸してゐた点は専ら理智的批判の欠乏にあつた。ところが此の作者はさうした欠点を女性特有の鋭い直覚力と潤沢豊富な情緒とを以て十二分に補つてゐる。之は此の作家にとつての非常な強味であらねばならぬ。もしこれに冷徹な科学的叡知が猶ほ一層加はつたなら、それこそ外国の作家に比較しても決して遜色のない傑作が生れるであらう。
（後略）
（※1）判読不可。
『読売新聞』 昭和10年4月19日 第13面
（前略）◆名は大倉燁子（テル子）…今春初て雑誌「オール読物」と処女出版「踊る影絵」でデビユーした新進唯一の女流探偵作家―明治国文学界の巨星物集博士の令嬢と生れ、桑港の総領事にまでなつた某外交官に故沢柳博士夫妻の世話で嫁したが結婚生活に現実暴露の悲哀を感じ、別れて後は長唄の師匠となり更にまた探偵小説の創作に今はうき身をやつしてゐる◆小説は故吉野作造博士の紹介で中村吉蔵氏を師とし、故夏目漱石氏の門弟だつたこともあり、探偵小説は大下宇陀児氏に見て貰つてゐる…身許調は此位にして（後略）
『読売新聞』 昭和10年8月7日 第1面
殺人流線型 大倉燁子作
岩田専太郎装幀 四六判三五〇頁 定価一円五十銭 送料十二銭
某撮影所殺人事件
菊池寛氏激賞
これこそ吾国唯一の女流探偵作家が、快心の書卸し力作で、全篇に漲る妖気は全く他の追従を許さぬものがある。
近来の素晴らしい読物であると思ふ。
「怨恨と憎悪、獣心と化した女の限りなき憤怒、それはどんなものであらう。
妄語と偽瞞に翻弄され剰へ奈落に蹴落されし女の血の呪詛、それはどんなものであらう。
影なき女は、仇敵を倒さんが為めにのみ蘇返つた。彼女は己が肉を喰ひ破り血汐を吸つて誓つたのだ、復讐！ あゝそれはどんなものであるか。」
―牧逸馬を凌駕する 戦慄探偵怪奇小説―
東京京橋木挽橋畔 柳香書院 振替東京七七六七三番
『読売新聞』 昭和10年8月9日 第13面
（前略）
大倉燁子女史が、「踊る影絵」で、探偵小説界にデビユーした。探偵小説界の驚愕は察せられる。其の広い外国の怪奇な知識と、曲りくねつた奥行のある社交態度、それ等は作者が外交官夫人たりし経歴から得たものといふが、とにかく他の男性の探偵作家を、ぐつと抑へつけるに足るだけの素養を持つてゐるのである。
矢継早に発表された長篇「殺人流線型」は、表題からして殺気を帯びたものであるが、是によつて作者は、第一作の「踊る影絵」に於いて現はした短篇の腕前を、長篇に於いて示さうといふのである。場所は某映画会社の撮影場を中心として、重役の私邸や、警視庁捜査課長の官舎や、其の他が用ひられてゐて、作者得意の外国は用ひられて居らぬので、一寸物足りなく思はせるが、例によつて、印度に本部を有する神秘教の巫女が、遙々日本に渡つて来て、影の人として大活躍するところが、やはり此作家の作らしい。
此の作家に就いて敬服する事は実に世間智に富んでゐるといふ事である。我々の如き年配の者になると、小説を読んでも一向面白くない、といふのが、作者がいかにも世間智が足りなくて、我々には何の感興も起さしめないのである。処が大倉女史にあつては、其の眼界の広いこと、社会の各階級に亘つての特殊な心理に通じてゐることは驚く可きもので、其の上、事件の解決に用ひられる鍵である小道具が、尋常のものでない、さういふ所まで細かい知識が行届いてゐるといふ事が、不思議な力をもつて我々を終まで引張つてゆく。（後略）
『ホーム・ライフ』 昭和10年10月号
大倉燁子女史は、昨年来新進女流探偵小説家として彗星的にデビューした。その昔、文学少女時代には夏目漱石に師事し、その後外交官夫人としてアメリカ、南洋方面に滞在中、好きな文学の道に、豊富な材料を仕入れて来た。中村吉蔵氏や森下雨村氏にすゝめられて、探偵小説壇にその姿を現した訳であるが、熱帯地方に長く滞在した特異な体験と、浅野和三郎氏に師事した心霊学などの背景を持つ流麗な才筆は、現探偵小説壇に新しい分野をさへ開拓しつゝある人である。長唄は名取り、鼓はこれまた名手、語学はお手のもの、黒猫を抱いて、怪奇幻妖な想を練る女史の瞳には、心霊を解するといふ妖しい二次元の世界がひらめいてゐるようでもある。
『新青年』 昭和11年2月号
大倉燁子氏の「眼の指示」（週刊朝日）大変よくかけてゐる。二十枚やそこらの短篇にこれだけの筋を盛り得たのも素晴しいし、ジ・エンドの結びかたも気が利いてゐる。
大倉燁子（物集芳子） 品・南品川・六ノ一四九一、浅間台アパート（高輪三九一九） 東京 創作家
『日本人物情報大系 第7巻』（皓星社・1999年）より引用。
物集芳子【大倉燁子】品川区南品川六ノ一四九一浅間台アパート・電高輪三九一九、東京市生。探偵作家。『踊る影絵』『殺人流線型』の著あり。
『日本人物情報大系 第8巻』（皓星社・1999年）より引用。
物集芳子【大倉燁子】品川区南品川六ノ一四九一浅間台アパート・電高輪三九一九、東京市生。探偵作家。『踊る影絵』『殺人流線型』の著あり。
『日本人物情報大系 第8巻』（皓星社・1999年）より引用。
『紅楼の騎士』 大隣社 昭和14年10月12日発行
（前略）それにデュマの作中、インテリ読者に歓ばれる要素も、この作が一番豊富に持つてゐるので、現に吉野作造博士は帝大で政治史を講ずる時に、この作を引例として、詳しい解説をされたことがあつた位だ。
訳は大倉が主として之にあたり、木村がこれに助力したのである。
物集芳子【大倉燁子】品川区南品川六ノ一四九一浅間台アパート 電高輪三九一九 東京生 探偵作家「踊る影絵」「殺人流線型」の著あり
『日本人物情報大系 第8巻』（皓星社・1999年）より引用。
『戦中派闇市日記』 小学館 2003年6月20日発行
二月一日（土）晴
午後一時、日本橋川口屋ビル二階会議室に於ける土曜会に出る。主催者江戸川氏はもとより、延原謙、城昌幸、土岐雄三、森垣友氏をはじめとする三十人あまりの会員。太りたる中年婦人何人なりやと思うに大倉燁子女史なりき。
松井玲子 『大人は怖い』 永和書館 昭和22年10月25日発行
好評永和書館新刊
大倉燁子著
長篇女の秘密 Ｂ６ ２００頁 定価５０円
怪奇とスリルの連続、大胆不適なめまぐるしい探偵小説。女流作家ナンバー・ワンがえがく一大長篇絵巻物語りであつて、よき家庭の人々の話題の書である。面白いことこの上なく、読者をして一気に読了せしめる。
『探偵新聞』 第11号 昭和22年12月5日発行
◇大倉あき子「ハヤブサのお秀」もので名を売つた久山秀子が実は男だつたので読者をがつかりさせたが、大倉氏は本物の女人、さる外交官の奥様だ。昭和十一、二年の頃突然探偵小説界に「流行線殺人事件」を持つてあらわれ、軽いスリル味を見せ赤い気えんをはいて日本にも女流探偵小説家のあることを示した、戦時中影をひそめていたが近頃「宝石」その他に創作をものしその筆力おとろえざることをみせている
『探偵新聞』 第16号 昭和23年1月25日発行
◇大倉燁子（物集芳子）東京都杉並区方南町四九一 電話中野一六一三番
大倉燁子（物集芳子）東京都杉並区方南町四九一、電中野一六一三
小説、著書、踊る影絵、笑ふ花束
『日本人物情報大系 第8巻』（皓星社・1999年）より引用。
『妖奇』 昭和27年3月号
▽呪いの家（大倉燁子）
久々の大倉氏の作品である。戦後同氏の作品は傾向が変つて、新青年当時の才気煥発さは見られず、地味でリアルな本格物を手がけるやうになり、これもその一つだが、如何せん、時代のズレはどうにもならぬやうだ。手法もお膳立てもソツはないが、器用にまとまつてゐるといふだけで迫力には乏しい。それにセンスも一時代前だ。犯人の一人二役も常套手段で「呪ひの家」といふ物々しい題名に惹かれて、喰ひついた読者は恐らく失望したことだらう。日本には数少い女流作家だけに自重加餐を望む。
大倉燁子（おおくら・はなこ）本名は物集芳子、東京都杉並区方南町四九一、電話中野（38）一六一三
数少ない女流探偵作家として活躍しているが、その作品はさすがに女性的神経のゆきとどいた変格物に定評がある
「踊る影絵」「笑う花束」が代表作として上げられる。
『日本人物情報大系 第8巻』（皓星社・1999年）より引用。
『家庭よみうり』 昭和28年10月1日発行
大倉燁子さん（63）
本名物集芳子 東京生れ 独身 高女卒 代表作「踊る影絵」 東京都目黒区上目黒四の二一三三藤浪方
わたしを若く美しい女だと思ってらしたの？ 作品がそんな風に？
そりゃァわたしが未熟のせいよ。がっかりなすったでしょ。こんなに年とったきたないバアさんで……。
よくいらっしゃるでしょ？ 作家とか絵かきさんで、輝くような才能が、すれ違っただけでそれとわかるような人が……。
そんな方たちにくらべればわたしなんぞ、ごくごく平凡な母親、おばさんって感じでしょ？
作品の印象とまるで違ってるっておっしゃるの、よく……。
きっと、実生活では食べるために恋愛もオシャレも出来なかったわたしの中にある“女”が、作品に無意識に顔をのぞかせているのかもしれませんね。
じゃあ、ここに座っているバアさんはぬけがらかっておっしゃりたそうね。
そうかもしれないわ。
『推理小説研究』 第7号 昭和44年12月15日発行
（前略）クラブとしての公式な新年会のほかに、そうした私的な新年会があったわけである。この私的な新年会は、乱歩先生の会のほかに、木々先生の自宅で毎年もよおされる会があった。
ところで江戸川新年会の方は、中島氏の日記によると、第一回の出席者は七名。それが二十五年には、白石潔、武田武彦、椿八郎、阿部主計、島田一男、氷川瓏、渡辺健治、飛鳥高、萩原光雄、高木彬光、楠田匡介、山田風太郎、香山滋、大倉燁子、二宮栄三、中島河太郎の十六名になり、さらに二十六年には、これらの諸氏のほかに水谷準先生や岡田鯱彦、岡村雄輔、本間田麻誉などの新人作家、鈴木幸夫（千代有三）津川溶々氏などの顔触れが加わっている。出席者は総勢十八名。ちょうど白石氏が報知新聞の編集局長に就任したときであったので、その年の会は写真入りの記事として、同紙の一月七日号に掲載された。（探偵小説四十年）