参考文献/資料集 1972(昭和47)年

(公開:2009年10月28日 最終更新:2023年6月10日)
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1月

『私の大衆文壇史』

『私の大衆文壇史』 萱原宏一 青蛙房 1月25日発行

 大正十五年一月には、報知新聞の出版部から、白井喬二、本山荻舟、長谷川伸、平山蘆江、直木三十五、江戸川乱歩、小酒井不木、国枝史郎、矢田挿雲、正木不如丘、土師清二氏を同人とする、第一次「大衆文芸」が創刊された。誌名はもちろん白井さんの命名だ。

 第一次「大衆文芸」の同人の中で、私は小酒井不木と国枝史郎には会ったことがない。その他の方々には、大なり小なりお世話になった。不木は乱歩が最も敬愛を捧げた人で、乱歩の客間にはいつも不木の「子不語」と揮毫した、横額が掲げてあった。

 江戸川乱歩の出現によって、黎明を迎えたわが国探偵小説界は、雑誌「新青年」に拠る森下雨村の尽力によって、ようやく開花しようとしていた。私が講談倶楽部へ配属された頃には、すでに小酒井不木と甲賀三郎が寄稿していた。
(中略)
 江戸川さんは将棋が好きであった。池袋のお宅の「子不語」と書いた小酒井不木の額のかかった座敷で、よく将棋を指した。その額は、江戸川さんの引越した、前の家の座敷にも、ずっと掲げてあったという記憶があるから、江戸川さんは余程小酒井さんを敬愛していたのであろうと思った。

 講談倶楽部にそれまで寄稿した探偵作家は、小酒井不木、甲賀三郎くらいで、ほかに純粋の探偵作家と言えるかどうかは別として、保篠竜緒が書いていた程度だ。昭和三年十月号に「探偵小説傑作選」と題する特集をしている。顔触れは、大下宇陀児、甲賀三郎、保篠竜緒の三氏で、これに小酒井不木が加わったら、講談倶楽部のオールスター・キャストである。大下さんはこの号に「殺人映画」という題の小説を書いて、講談倶楽部へ初めて登場したのであった。乱歩の登場に先だつこと、十ヵ月である。

5月

大衆作家潮山長三の周辺 / 木下信三

『名古屋近代文学史研究』 第9号 5月10日発行

 長三は上京前、名古屋市中区(現昭和区)御器所町字河田に五年ばかり住んでいたが、同じ御器所町の北丸屋には日本の探偵小説界に新風をふき込んだといわれる小酒井不木が住居し、文筆生活に専念していた。

11月

子不語の人 SF人としてみた小酒井不木 / 渡辺晋

『SF倶楽部』 第6号 11月15日発行