書評・新刊案内

(公開:2006年1月23日 最終更新:2006年1月23日)
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『生命神秘論』

新刊紹介

『科学と文芸』 大正4年9月号

生命神秘論 小酒井光次著
著者は最も真面目なる生命の研究者である。著者はこれを純粋の科学的立場に立つて研究すると共に、人々の直覚や洞察や霊感によつて表はされた内的な立場から研究する事をも忘れ得なかつた。これこの書の特徴であつて、また偉大なる価値である。永井博士はこれに序して自然と生命とを讃美する一大詩篇であると云つて居るが、実際その様な感じは何人にも起るであらう。この書によつて示される生命の神秘は不知不知人の眼を開らいて不思議な世界へと導いて行くであらう。これ実に科学と文芸とを最もよく調和したる近来の好著である。(洛陽堂発行 定価一円六十銭)

新刊紹介 小酒井光次氏『生命神秘論』

『第三帝国 第51号』 大正4年9月11日号

 本書は其の内容を「序論」「生命」「宇宙の観察」「生物界の観察」「人生の観察」「性と愛」「生殖と遺伝」「生と死」「結論」の九章に分ち、今日自然科学の到達し得てゐる凡ての結果を簡単に通俗に分り易く紹介して居る。猶挿画としては東西の名画数十葉が挿まれて居る。
 併し高遠なる学理を通俗的に紹介するといふ程困難の伴ふものはないので、此れを専門家がやると兎角説明の不十分な為めと筆力の至らざる為めとで、花も実もなき乾燥無味のものとなり易いし、又一知半解の素人科学者がやると兎角興味中心に流れて怪しげないかさまな事を伝へるものとなり易い。然るに本書に至つては、著者の研究の確実さと、知識の豊富さとを窺がはせるに充分な技量が示されて居ると同時に、更に驚くべき筆致の流麗と、詞藻の富贍とを以てして、読者をして陶然として酔はしむるものがある。
 著者は自然の微妙、生命の神秘を論じ或は紹介して居るといふよりは、寧ろそれを嘆美し、描き、且つ歌つて居る。自然の偉大生命の秘義を説明して居るといふよりは、寧ろ其の前に額づき、掌を合せて涙を以て祈祷を捧げて居る。故に本書は科学のローマンスとも言ふべきものである。従つて読む者は自ら著者の敬虔なるそして美はしき心の奏べに歩調を合せて、大自然、大生命の神秘の境に逍遙する思ひをなすであらう。
 只憾むらくは文藻勝ちで、説明の簡に過ぎた嫌ひがないでもない。少なく共著者が至る所に引用せる近代文芸又は美術的作品等に就いて相当の理解を持ち得る程度の者ならば、科学的方面に於ても猶多少立入つた説明を要求しやしないかと考へられる。
 併し兎も角も科学的精神の欠乏せる、従つて科学的知識の貧弱なる我が読書階級に対して、本書の与ふるところ甚だ少なからざるべきを思ふ。敢て大方の一読を勧む。
(一円六十銭、麹町区平河町五丁目洛陽堂発行)――松本生――