29歳
【年譜】
八年六月 英国に渡り、ロンドンに於て突然喀血に襲はれブライトン海岸に転地療養、小康を得て一たんロンドンに帰り、大正九年春仏国パリーに移る。此の地に於て再度喀血に襲はれ療養す。
「西洋初版本漁り」(小酒井不木 『紙魚』 大正15年2月号)
英国へ渡ると流石に医学の初版本を見る機会は多かつた。ロンドンの医学図書館には有名な欧洲中の初版本は殆んど皆集つてゐると云つてよく、私の趣味を満足させてくれた。オツクスフオード街の某古本屋には可なりにいゝものがあつて欲しい本が沢山あつたけれども、何分高い値には閉口した。併し医学史の最初の権威ある名著として尊ばれてゐるル・クレールのアムステルダム版を三ギニーで買つたのは、今でも決して高くないと思つてゐる。ハーヴエの血液循環の理発見の記録たる原著は、英国へ行つた程の医学者は誰でも見たいと思ふものであり、又買ひ入れたくも思ふのであるが、今では市場を探しても仲々なく、私は十シルリングで複刻版を買つてその面影を偲ぶことにした。
「ポオとルヴェル」(小酒井不木 『新青年』 大正14年8月増刊号)
英国に居る時分、私はドイルとフリーマンの作品に気狂ひになつて居たが、近頃はあまり読まない。然し、嫌ひになつた訳ではなくて、みんな内容を知つて居るからである。
「西洋初版本漁り」(小酒井不木 『紙魚』 大正15年2月号)
健康を害してブライトンといふ海岸に転地した時も、古本漁りはやめられず其処でデフオの「ロンドン疫病日誌」の珍本を見つけることが出来た。
(公開:2007年2月19日 最終更新:2019年11月27日)