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『白隠と遠羅天釜』序文

 

 本書の著者野村瑞城氏が、さきに『白隠と夜船閑話』を著はしたとき、僭越ながら序文を寄せた私は、今回その姉妹篇とも言ふべき『白隠と遠羅天釜』の稿成るに及んで、著者から再び序文を要求せられた。これを光栄とし、こゝに不肖を顧みず、又もや拙文をもつて巻頭を汚すことになつたのである。
 さて、『白隠と夜船閑話』が何故に世の歓迎を受けたかといふに、もとより著者の行文の流麗なると、解説の叮嚀なると、論旨の当を得たることが与つて力あつたことは喋々するまでもないが、夜船閑話そのものゝ持つ偉大な価値が主要な原因となつたことも、争はれないところである。げに夜船閑話は、白隠の人格の反映であつて、その説くところの調息内観の法は、たやすく心身の疾病を駆逐し得て以て、人間の向上をはかるに足り、末法五濁の世の意志薄弱な徒輩をして、有意義な人間生活を送らしむ唯一の道といふべきである。自然科学の外形的発達に禍された医学が、難病の治療に向つて、それほどの権威を持たぬときに当り、この法は実に難病者を救ふ最良の手段として残されて居るものであるから、若し、その真髄をよく理解したならば、治療の喜びはおのづから至るものといはねばならぬのである。その時、ちやうど野村氏の親切な解説が出たのであるから、あたかも旱魃に雲霓をのぞむが如く、世に歓迎せられるに至つたのである。
 ところが、夜船閑話は白隠の全貌ではない。白隠には遠羅天釜といふ、彼の深遠な哲学を示した名著がある。白隠の人格を真に理解して、その影響を受けようと思ふものは、是非共遠羅天釜を繙かねばならない。然るに遠羅天釜は素人にとつては音読さへも容易でない。況んやその意を理解するは至難事である。そこで著者野村氏は、出来得る限り之を平易に解説し、人々をして白隠の広大なる慈悲の光に浴せしめようと思ひ立ちて思案し推敲し、斯くにして完成を告げ上梓の運びに至つたのである。世の治病済生を志すものは、此書によりて得る所が必ずや多かるべきを信ずる。
 疾病はもと身体器官の病気ではなく、その人全体の病気である。従つて器官の異常を観察してそが対策を講ずるのみなるは決して当を得たものではない。それと同時に、人間性をよく洞察した人であるならば、世の所謂医学なるものを修めずとも、病を治することは出来る筈である。この道理をよく弁へたならば、白隠の夜船閑話及び遠羅天釜の治病的価値をはつきりと理解し得るであらうと思ふ。況んや白隠は、身みずから難病に悩んだ経験あるをやである。それにも拘らず、今日まで夜船閑話や遠羅天釜がそれ程世に知られなかつたのは、偏に之等の書が難解であつたからである。
 著者は白隠に私淑し、一方に於て精神療法の知識を会得した人であるから、遠羅天釜を、この方面より解説するには最も適当な人であるといはねばならぬ。
 私は『白隠と夜船閑話』の読者に、本書を併せ読まれむことをすゝめると同時に、本書を最初に手にされる人には、是非共著者の前著をも併読さるゝことを希望するものである。

 昭和三年四月 小酒井不木

 

底本:『白隠と遠羅天釜』野村瑞城著(人文書院・昭和3年5月15日発行)