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名探偵の肖像2:Shozaburo Kirihara

必中の一言が犯人の心の闇を突く!
“特等訊問法”を駆使する警視庁警部 霧原庄三郎

 

霧原庄三郎の事件簿

  1. 「呪はれの家」(「女性」大正14年4月号)
  2. 「謎の咬傷」(「女性」大正14年7月号)

作品紹介

「呪はれの家」

 真夜中にあがる「人殺し」の悲鳴。人々が駆けつけたところ、若い女が絶命寸前で倒れ、そばには血にまみれた短刀が。現場に駆けつけた刑事は、女の右手のそばの地面に残された「ツノダ」の三文字を発見する。
 その夜、現場付近で不振な行動をとって警察に留置されていた平岡という男がいた。誰もいない夜道を「人殺し」と叫びながら走っていて、巡査に質問されたのだが、彼の服の袖には血痕が残っていたという。訊問に当たる霧原警部。沈黙を守る平岡。さらに平岡の自宅を家宅捜索した際に、鬼頭清吾と名乗る男が逃亡をはかった門で拘留されて来る。捜査が進むにつれ、鬼頭には前科があり、本名は園田であること、被害者の女が妊娠三ヶ月であったことなどがわかってくる。
 霧原警部の前に難問が並ぶ。「ツノダ」というダイイング・メッセージの怪、被害者は何故「人殺し」と叫ぶことが出来ながら犯人の名を告げなかったのか、平岡の服の袖に着いた血痕は何か、何故彼は「人殺し」などと叫びながら走っていたのか、鬼頭は家宅捜索の折、何故逃亡しようとしたのか……。
 霧原警部の指示により糞壺の検査を行っていた刑事が、便所の中に捨てられていた紙の中から「ツノダ」と書かれた紙を発見して来るにおよび、霧原警部は平岡と鬼頭の二人を対面させ、その場での会話を聞き取るよう部下に指示する。が、二人は何と手真似で会話をし、一言も漏らさない。手真似……そこに犯罪結社の暗号の匂いを感じたのは部下の刑事だったが、霧原警部の方は何と被害者の再解剖を指示する。被害者の死体は、妊娠以上にもっと大きな秘密に包まれている。それが霧原警部の直感であった。
 解剖の結果が出ると、霧原警部はワインを取り寄せた。遂に警部得意の“特等訊問”の開始である。ただ一言で容疑者の急所を抉り、一気に自白させてしまう“特等訊問法”。霧原警部は誰を犯人と考え、どのような一言を用意しているのか……? 警部の一言によってダイイング・メッセージに秘められた過去の因縁が浮かび上がり、事件の背後に潜んでいた、ある一家を襲った悲劇の全貌が明らかになる――!

「謎の咬傷」

 貴金属商の大原伝蔵が自宅で殺害された。現場に急行する霧原警部。死体の足元には「クロゝフオルム」と書かれた瓶が転がり、死体の腰のそばには長さ1尺ほどの切り取られた髪の毛が2本落ちていた。死因はどうやら窒息死とみられるが、警部は死体の喉笛に何者かが噛みついて出来たと思われる歯の跡が残されていることを発見した。
 大原の店の中島せい子という女性店員が昨夜大原とともに店を出たこと、彼女が断髪していること、谷村という名の職人が店に出入りしていること、彼の亡くなった妻は昔大原の店にいたことなどが、現場にやって来た番頭の証言で明らかになる。警部は現場で発見した手箱の中に、束ねた髪一房と、女物の革手袋、セルロイドの櫛を発見し、それを押収した。  
 警部は大原の生前の収集品から彼のフェティシズムを指摘し、今回の事件に変態性欲が関わっていることを推測する。ならば犯人は断髪の女か、それとも丈夫な男一人を眠らすのであるから、やはり犯人は別の第三者だろうか、女との共犯説を「変態性欲を中心とする犯罪には、滅多に共犯はないもの」と一蹴した霧原警部だったが、現場に残されたハンカチの謎を含め、事件の複雑さに嘆息する。
 中島、谷村の訊問からは何一つ事件解決への手がかりは掴めない。しかしそこに新たな事実が浮上する。
 大原は糖尿病であった! 大原がインシュリンを薬局で購入していたことから、この事実をつきとめた霧原警部は死体の解剖に立ち会うべく席を立つ。「死体の生前の秘密」を突き止めるべく……。そこで明らかになった事実をもってすれば、中島せい子は事実を話してくれる。それが霧原警部の考えであった。
 霧原警部の推測、それは大原の糖尿病による性的不能とフェティシズムの発現であった。大原の性的不能の事実が証明されると、中島せい子は大原に麻酔薬を嗅がされたこと、そして大原は実は自分の父親であることを証言した。
 父に捨てられた母の敵を取るべく大原に近づいた女、それが中島の正体であった。しかし逆に大原に薬を嗅がされ、実の父に身を汚されたと思い込み、たとえ犯人扱いされようともこの事実だけは隠さねばならないと心に決めていたのだった。中島の証言を聞き終えた霧原警部は「第四者の存在が知れた」と部下に向かって言い、谷村の自宅へ向かった。
 谷村の自宅から戻った霧原警部はワインを取り寄せた。“特等訊問”の開始である。霧原警部は誰を犯人と考え、どのような一言を用意しているのか? 母の復讐に燃える中島せい子か、それとも職人谷村の犯行か? しかし大原の喉に残る歯形は女のものであるという。谷村の妻は既にこの世の人ではない。だとしたら……? 驚愕の真相が霧原警部の一言によって今、暴かれる!


「Third Degree」(三等訊問法)を超えた究極の“特等訊問法”とは?

 Third Degreeとは、容疑者を執拗に問いつめて自白を強要する一種の精神的拷問である。「証拠の不十分なときに犯人を恐れ入らせる最良の方法」と紹介されていることからもわかるように、その実践については賛否が別れる。しかし、警視庁警部霧原庄三郎の切り札“特等訊問法”はそれを凌ぐものである。「そんな残酷な方法は用ゐないでも、極めて穏かに訊問して、最後に一言だけ言へば犯人は必ず自白するものだ」と、氏は自信をもって言う。「その犯罪者の、本當の急所を抉るやうな言葉を最も適當な時機にたつた一言いへば、きつと自白する」。その一言を探り出す捜査こそが、名探偵霧原警部の捜査であり、その一言を言うタイミングの妙こそが霧原警部をして名探偵たらしめているのである。

「氏はその主義として、機の熟しない先の訊問の際には、出来るだけ、相手の急所には触れぬやうに注意した。犯人を訊問するのは、ちやうど、医学上の免疫現象と同じやうなものだと氏は考へて居るのである。(中略)犯人の訊問の際にも、はじめに犯人を自白せしむるに足るだけの言葉を發すればよいものゝ、さもなくて、チョイゝゝゝ犯人の急所に触れるやうな言葉を發するときは、犯人はたゞ警戒するだけであつて、最後に急所を抉るやうな言葉を發しても、もはや用をなさぬのである。」
(「呪はれの家」より)

 “特等訊問法”はその性質上、ある種のセレモニーである。しかも、霧原警部自身がそれを楽しんでいる節さえある。警部は“特等訊問法”を行う前には必ず、いつも飲用しているフランス葡萄酒を取り寄せる。警視庁内には、「特等訊問の一言はこの葡萄酒が言はせるのだ」との噂まであるのだ。

“現代的”科学捜査が犯人の秘密を暴く!

 霧原警部ものの面白さは、この“特等訊問法”の最後の一言にある。誰が訊問され、何と言われるか。その一言を言われた時点で容疑者の自白は100%疑いないのだから、その一言が誰に対するどんなものであるのか、その内容に興味の全てが集約されるわけだ。では、彼がその一言を導き出すまでの「捜査」とは、どのようなものだろうか?
 事件の発生、目撃者から交番への通報、交番巡査は警視庁へ急報の上現場保存に急行と、事件の流れは実に模範的だ。現場では警察医による遺体検分、写真班による現場撮影、刑事による遺留品確保が次々と滞りなく進む。指紋の調査は当然抜かりなし、死体は迅速に解剖にまわされ、容疑者の服の袖に血痕が見つかればすぐに鑑識にまわされる。この警察は捜査に手を抜かないし、証拠を絶対に逃さない。って、当たり前か。
 当時としては“最新”の“科学的”捜査・分析が霧原警部の基礎である。容疑者に「先天性犯罪者」としての“科学的”特徴を捉え、血痕を発見すれば個人の血液鑑別法(この当時まだ完成していなかった)に言及する。ミュンスターベルヒのいわゆる嘘発見器にも言及しつつ、しかしこうしたまだ未完成の科学知識に対しては「あくまでも理論上のこと」と割り切る姿勢も忘れない。大胆にして綿密。霧原警部の慧眼が示し出すひとつひとつの指示を、着実で抜かりのない徹底的な捜査がバックアップすることによって、“特等訊問法”の一言は導き出されるのである。

「だが、何といつてもこの事件での最も大切な證據は、便所の捜索の結果得られたよ。ツノダと書いた紙片が出なければ、この事件は迷宮に入つたかもしれぬ。西洋の都市では糞壺の捜索などといふことは通常行ひ得ないが、この點は日本が遅れて居るだけ、却つて、犯罪探偵の際には好都合だ。先年川原井某が薬屋の手代を殺したときも、便所の中のビール罎が有力な證據となつたね。して見ると臭い所も馬鹿にはならぬ。「くさい物に蓋をしろ」などゝいふ諺は或ひは撤廃した方がいいかもしれぬ。はゝゝゝゝ。」

 これが「呪はれの家」のエンディングのセリフである。便所話で終わる小説もどうかと思うが、しかし、「太陽にほえろ!」なんかより、ずっとクールではないか。


おまけ:もう一つのThird degree「腸管拷問法」

 不木の「三つの痣」という短編に出てくる法医学博士B氏が考案した、むちゃくちゃな訊問法である。直接証拠が不十分な容疑者に苦痛と恐怖を与え、自白を促す為だけに考えられた訊問法で、被害者の死体の解剖に容疑者を立ち会わせ、その目の前で被害者の腹を割いて小腸を取り出し、電気刺激で小腸を蠕動させてみせる、という、冷笑&失笑&苦笑&爆笑ものの訊問法。おいおい、びっくりショーか。

 

本文中における引用は『小酒井不木全集 第三巻』(改造社・昭和4年5月)を底本としました。